小説『賭け〜other side〜』

読み切りBL。ひとつ前の話の相手目線。お互いにうだうだしてるだけ。


ぼくは今、賭けをしている。

恐れるばっかりだった。それが楽だったから。恐れていれば間違わない。失敗したくないから行動しない。成功なんてなくても良い。笑われたくないから踏み出さない。好きな子に告白?とんでもない。そうやって生きてきた。

きた、んだけど、まさか目の前の男に自分が好かれる瞬間が訪れるなんて思いもしなかった。

目立たないためにはとかくニュートラルであること。学生時代は服装や髪型に無頓着。入浴も嫌いだった。底辺ですよ底辺ですからって大声で主張してるようなもんだった。社会人になる頃にはさすがに自分の過ちに気付いており、とにかく平均を保つよう心がけた。秀でなくて良いからその空間のバランスを取れ。

だがこれは一体。

かわいい、かわいい、本当にかわいい、子猫みたいだねハニー、などと戯言を漏らす酔っ払いは誰かと思えばクラス一の人気者で当時の輝きは今も健在だった。

(見た目は良いが言動がきめえ。さっきから誰に囁いてんだこいつ)

盗み見るようにゆっくり顔を上げるとバチっと目が合った。

どうやらだいぶ酔ってるらしい。

ぼくを見ながら母猫とか胎盤とか言い出して本当に怖かった。

しかし一方で「ははーん」とひらめく。

どういうわけか知らんが酔っ払いのこいつの目にぼくは猫みたいなかわいい生き物として映っているようだ。

どうせ同窓会は今日限り。
ばかだからちょっと期待してたけど、ヒエラルキーが変わってないことを再確認させられただけだった。
幹事が立った隙にこっそり抜けようかと思っていたが、このチャンスを活かさない手はない。

だけど思い切りがつかない。

なのでぼくは指先で萎れたフライドポテトを玉結びにしようと試みる。

成功したら、少しはぼくから行動してやっても良い。今日だけは。

「おい、なにをみている?」
「いや、よく酔っているなあと思って」
「わっるいかお。まじでびびる」
「おまえ、酔った時の記憶って残るほう?」
「んー?」
「どっち」

会話しているうちに偶然にも玉結びが成功してしまう。

「忘れる」。

人生で一番の大勝負だった。

ぼくはぼくを見下しもしなければ認めもしなかったこの男の人生になんとか汚点を作りたかったし、それはぼくのようなみすぼらしい存在と一度でも関係を持たせることで達成されるんじゃなかろうかと思っている。おまえを好意以外の目で見てる奴だっているんだって教えたかった。

「忘れる。も一度言おうか?」
「忘れるんだな?」
「うん」
「じゃあ、じゃあ、」

じゃあ、なんだ?

言い淀むそいつを見上げたぼくはある状況に気づいてハッとする。

こいつ。
本気だ。

「でもその約束も、たぶん忘れる」。

急に怖くなって、要はいつものぼくに戻ってしまって、前言撤回する。

落胆以外になんの感情も混じっていない、混じりっけなしの深いため息が聞こえる。

なんだ、そんな目で見ることないだろ。
ばかか。ばかじゃないのか。むりだ。無理に決まってる。

冷静になろうと再びフライドポテトの玉結びに挑戦。さっきのはまぐれだ。カウントしない。どうせまぐれだ。ありえない。まぐれはカウントできない。

次はどうする。
次はどう出る。

もしそっちがもう一歩歩み寄るなら、少しは考えてやっても良い。

どう出る?

ぼくからけしかけることはしない。
ただしおまえがけしかけてきたら絶対に乗ってやる。

どう出る?
どうなる?

ぼくは今、賭けをしている。