【小説】『彼の悪癖』

寝る前に書いたっぽいやつ。昼寝のたびにタイムスリップしてしまう幼なじみBL風味。設定は適当。私なりの甘酸っぱい。


世界にあって見えるのにこの手でさわれないものを数え始めたら、もう二度と眠れないと錯覚するほど目が冴えてしまう。

暗闇にも奪えない視界が、おれがいま何に身を委ねて、おれがいま誰に命を許しているかを自覚させる。

普段おしゃべりなおれは寡黙なおまえの放つたった一撃に太刀打ちできない。

「ゆめみたいだ」。

無自覚に重みを持たせた一言一言に、背中から溶けていく。低い響きが骨を溶かしてく。どろどろに。人の形を忘れた頃に甘い痺れが戻ってきて、時間をかけて名前を刻まれるんだ。生まれ変わらせられる。おとなしく持っていかれるのが癪で口を開いた。

「想定外だよ。おまえがそんなに執着心の強い男だったとは」
「どうして。これくらいのこと、執着と呼ばない」
「なんと呼ぶ?」
「名前なんかない。当たり前すぎて」
「なあ、怖いんですけど」
「ゆめみたいだ」

また、それ。
そればっか。

曇った窓の向こうで銃撃戦が再開した。制服に縫い付けられたエンブレムを隠すようにふたりは距離を詰める。

今回おれたちは敵同士だった。
殺すか殺されるかの関係。

の、はずだった。

床の端まで飛んでったボタンを視界の端に見つける。そうするうちにもまた一人死んだ。また一人。また一人。

「おまえの味方が死んだよ。おれのもだけど」
「知らない」
「もう行かなきゃ」
「知らない」

争いのきっかけは些細なことだったんだろう。
だから説明できない。
ときどき笑いたくなるほど空が晴れていること。
隠れて言葉を交わすこと。
今この瞬間どこにもない隔たりを誰もが「ある」と言って変わることを拒むこと。

「知らないままでいよう。だってこれも、どうせ、夢なんだから」。

軍服姿のおまえは状況に似つかわしくない笑みを浮かべた。

なあ、おまえが昼間に見る夢はなんで毎回こんなに殺伐としてるの。どうしておればっか出てくんの。どうしておれとおまえだけが会話してんの。なんで毎回こう究極なの。シュミなの?これ全部おまえのシュミなの?絶対そうだろ、今度は何に影響されたんだよ。あとシチュエーション何パターンあるの?随時増えてくの?てかなんでおれなの?なんで?おれじゃなくてよくね?なんでなんでなんで?

「これが愛なら怖いよ」。

素直に認めてぎゅっと目をつむったら、今すぐ元の世界に戻れるんだ。

ほら、

令和元年、東京、屋上に続く階段、目を覚ましたおまえが惚けた目でおれを見下ろす。

「どこ?」
「学校」
「いつ?」
「2019年9月」
「おれ、生きてる?」
「そうじゃなかったら今おれは誰と話をしてんだよ」
「たしかに。良かった」
「ほんとにな。てか今の時間にこんなとこで寝るなよ、こっちまで引きずられるんだから。保健室行くふりして出てきた。まじで怪しまれまくったからな」
「ごめんね」
「おごれ」
「ミスドでいい?」
「マックも」
「太るよ」
「太るほど食わせてみろ」
「はっ。今のはもしやプロポーズ」
「ねーよ」
「またまた」
「戦場シチュは初だったな」
「うん。燃えた」
「おまえだけな。勘弁してくれ」

勘弁されない。もう何度と訴えて改善されなかったから。そもそも改善の仕方がわからない。誰にも。言い遅れたがおれの幼なじみは、寝ているときに見る夢の中に、おれを登場させてしまう癖がある。よくあることだと思ってたけど、どうやら違うみたいだ。誰にも起こるものではないみたいだ。病院に行くことでもないと思う。仲の良いクラスメイトにも、親にも、冗談でも、明かしたことはない、秘密だ。幼なじみの悪癖のことは。いつまでも改善されないのは、それでも良いと、おれがひそかに思っているからかも知れなかった。