no.208

脱ぎ捨てたものをどこへやろう。この時までにこの世界で、持ち主の手によって身から剥がされた殻が積もる山を見つけたい。そこは人の来ない海辺のように雑多な物があふれてる。外国の黄色。絡まった網。読めないラベル。欠けた貝殻。粗悪な部品。人形の首。何かの骨。中身の消えたメッセージボトル。いつかの誰かにとって重要な何かは、その場所では等しくただのゴミだ。憩いに訪れる生き物もいる。打ち上げられた哺乳類。溶けない氷。色あせた浮き輪。死にぞこないの化石。波はさらさらと砂を遊んでまた見慣れない新たを押し上げる。君は僕の手を取って。僕は君の髪にさわる。廃墟と新世界の境界線上で。これ以上追放されるものは何もない。

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no.207

嫌われても嫌いになれないならもう逃げられないってことだよ。好きな気持ちだけは歪ませずに抱いていこうなんて綺麗事言うななんて綺麗事、間に受けてないでそのまま生きていけばいい。この鼓動が嫌いだからって心臓取り替えたりしないや。僕の気持ちが僕を愛する人や愛すべきものと違う部屋にあったって守る必要なんかない。僕にとっての呪いになるかも知れない誰かの願いや祈りに掻き消されることのない星の光みたいなものなんだから。忘れないでいるだけ。望んだ瞬間鮮やかに、このてのひらが生み出せる恒星。潰されたら潰されただけ鮮やかに。僕じゃなければ拒むほどサイケデリックに、いつだって輝きを放てる。どこでだって。

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no.206

舵のとれない舟を行くことだ
まぶたを開けると
やがて血が透き通る
瞳孔と満月が重なり合う

再会を約束した十代
思い出してしまう時がある
肌身離さなかったつもりでも
ひたひた沁ませたつもりでも

水の流れるほうへ
月が満ち欠け陽が融けるほうへ
あらゆる物質が棘をふくみ
僕たちは柔らかさを呪う

夏休みは額縁の中
眠った隙に動き出す風景
さんざめきを恥じて
緑と青のまだらが狂暴する

秘密は
誰にも言わずに持ち歩いた
同じような君と目配せし
明かし合うことのない距離

その瞬間
その瞬間にも消えていく
生まれるための痕跡として
また来る一日の手がかりとしてだけ

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no.205

掃除を終えた玄関に
並べられた四足の靴
きっぱりと硬い踵に
さっきまでのお店の匂い

新しい色が並ぶ祝日
神様はあちこちで産まれた
遠く足を伸ばさなくても
たとえば目線を上げただけで

汚いことや悲しいこと
たくさん目に映るだろう
前を向いたばかりに
顔を上げたばかりに

余りある光で満たして包むから
夜は優しいけれど退屈もするでしょう
僕が差し出すものに悪意はない
それは君の決める事だ

街灯がポツポツと点滅して
過去や未来と交信している
今を生きる僕たちに解読はできない
ここにある時間を噛み締めるだけ

君を壊したくないと思う
その手段として死んでしまいたいと思う
間違った順序だとわかっている
でも君にだけは言われたくないと笑おう

夜と朝、君と僕、境目はキラキラ
信じたくない長い夢ならいつかは覚めよう
誰も探し出せなかったあの日
あの日とあの日の色彩の果てで

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no.204

足場のある世界は今日で終わりです。あなたは道なき道を行くことになります。ここから先はたった一人でこの青い瓶と黒い杖を持って行くのです。途中で道に迷うでしょう。あなたを罠に陥れようとする魔物は、あなたにとっていちばん優しい姿で現れるかもしれません。真実を知っても知らなくてもあなたは深く傷つくでしょう。それを待っている生き物もいるのです。何もかもうまくいかず病に冒されるでしょう。救いの手は見つからず、またしても何かがあなたを騙して吸い取るでしょう。起死回生は準備されていません。あなたはあなたが忌み嫌った世界がいかに無数の労りの上、思いやりという作為の上にかろうじて成り立っていたかを知るでしょう。青い瓶には涙をためることです。黒い杖は防具にも武器にもなります。自分の身を守ることも他人の身を守ることもできますし、敵とみなした存在を殺傷することもできます。しかしあなたは知っているのですよね。あなたが敵とみなした相手にも家族や友人があり誰かにとってのかけがえのない存在であることを。旅の仲間は必要ですか。望めば道中ひょっこり登場させてあげましょう。まるで運命のように。あなたがたは信頼関係で結ばれ、それゆえに依存する。やがてそれがために疑心暗鬼となり虎視眈眈と隙をつこうともがくのです。しかしあなたは気づいてしまうでしょう。自分にとって危険な存在となりうるものを排除するならばついには孤独になってしまうことに。あなたはがんじがらめ、二進も三進も行かないとはまさにこのことです。あなたはふと後ろを振り返ります。捨てて来たもの、去っていったもの。数え上げればきりがありませんね。自分の歩いたところが道となり、それを辿ってくる影さえ目に入ってくるじゃありませんか。あなたは立ち止まってそれに尋ねます。ぼくは、ぼくはこれでいいんでしょうか。問いかけられた影はあなたを光で切り裂きます。なにがいけなかったか。次に生まれ変わるまで絶対に分からないまま、あなたはここでゲームオーバーです。悔しいのならもう一度、扉を思い描くのです。もっとも扉を開けた瞬間、悔しい気持ちはリセットされて同じ過ちさえ犯しますね。一向に構わないでしょう。何故ならあなたという存在は無限にいるので。追伸、私はそろそろ新しい結末を見たくて退屈しています。なんとかしてください。

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no.203

こっちを向いてと君は言わない。私を見てと君は。意思のない粒子が整列して誑かしたり自慢をする。柔らかい眼球はそれを信じてすくすく肥えてゆく。できるだけ遠くを見晴らせるようになることが嬉しいことなのか、それとも悲しいことなのか分からない日は、分からないなりの顔をしていれば良い。通りすがった誰かは最後まで自分を守ってくれる誰かではないのだ。溺れた先には溺れたなりの景色が広がっていることは間違いがない。それを正しく万能に審判できる人のいないこともまた間違いはない。ご存知と思うが僕たちは一瞬の慈しみを繋いでどこまでも歩ける。そうやって今まで延長をしてきた。今日を生きなければ未来はない。すぐの明日がどんなに美しいとしても。

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no.202

敵だ敵だみんな死ね死ね地球割れちゃえって時とみんなすきすき大好きいとしい尊いあいしてる知らない人も嫌いな人もみんな幸せになって世界平和になってって時が波になって訪れるけど大半はそのどちらでもないニュートラルな状態。そしてどんなタイミングで出会ったひとも予想よりはるかに優しいこともある。し、そうでないこともある。当然に。約束なんかするから、信じたりなんかするから、裏切られるんだ。って言い分はまあそうだなと思うし言い方は違うかもしれないけど突き詰めて言えばそっちを支持するほうの人種かもしれないけど声を大にして否定したい日もある。そんな悲しいこと言うんじゃねーよと反発したい日もある。かと思えばすべてどうでも良くなってどこまでも続く線路や水平線をぼーっと眺めているだけの一日だとかあるいは積極的に俗世に関わっていきたくて本を読んだりバスに乗ったり音楽聴いたり飛行機を降りたり映画を見たりしている。やがてそんな日々にも嫌気がさしたらまたぼーっとして昔の出来事を思い出している。自己啓発に目覚める時期と芸術かぶれしたいだけの時期と可愛がりたい時期と可愛がられたい時期と一般的になりたい日とまるでそうじゃない日と、同一人物の同じストーリーなのかな?寝て起きてまた寝るから一本の人生は何回もまな板の上でトントン切り刻まれてばらばらになって関連性とか一貫性とか望めないのじゃないかな。だから自分以外の相手や第三者を困惑させないために仮面をかぶったり平然としたり突如として突拍子も無いことを口走ったりする。自分を捨てない人の執念が恐ろしくてそいつ化け物と思うからどっか行け。行かないならこっちがどっか行く。そして菜の花をたどっててくてくどこまでも行くけど全然悲しくならないから「あれ?だいじょぶか?」って逆に自分のこと心配し始めて、だったら最初からこんなことするなよなーったくもー。て言われても仕方ないけど首をかしげる。でもやっぱり自分が平気なら平気だから誰かのためや、こうであるべき、といった自意識の皮を被った常識などのために何も曲げたくない。とは言え生きづらいとまで追い詰められるのならば機械になって乗り越えるのもありだよ。曲げられない自分のためにわざわざツッコミどころ盛りだくさんな人間になること、ないない。みんな平和に生きて死ねって思うけどそんなこと言ってるうちはまだ結構行ける感じのとき。鉄塔の上部から舞い降りたものがあって、そこでようやく私は発地点付近をうろうろしていた黒点があの同級生であったと知るんだ。

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no.201

板チョコを板のまま食べる喜びというのは確かにあってそれより大きな喜びなんて面倒くさいしそれを、それだけを至上だと思っていたい。電気ストーブ。片付けどきが分からなくなって膝を抱えている。骨。季節外れのおもちゃが壁に飾られていて感覚を疑う。舌。安易に不調をひけらかすことは本人のためにならない。インターネット上で見かけた水難事故。十年以上前の八月。ぼくが子供だったころ。あなたがぼくをまだ知らないころ。いくつかの家族がバラバラになって生存者はキーボードにかじりついている。画面で知る生い立ちと事件の経緯。慰めてくれるくらいなら忘れてください。河津桜、あなたの目元を隠す花吹雪。忘れてください。忘れてください。忘れてください。跡形もなくなるまで。ぼくの命は丈夫で少し寝ない食べないくらいでびくともしない。肌は張って瞳は昏く輝く。膜一枚隔てた世界であなたは解剖を続けてください。ぼくに未来を教えないで。

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no.200

ぼくにいちばん大切なこと
毎日でも死ねって言ってる
だけど生まれた以上みんな死ぬから
わざわざ言わなくたって叶うんだ

チュチュとダイヤモンド
ブラックホールとキャンディ
きみを探してみた
目の前にいるのに

プラモデルとマカロン
ディナーとセンチメンタル
お誂えの夢
真夜中に撃ち壊したい

同じことの繰り返し
近所で鳴り響くサイレン
きみのこと知らない
玄関できかれたらそう答えておくよ

膝に貼った絆創膏
いつの間に怪我をしたかな
ぺりりと剥がすと星がこぼれて
もう一度しっかりと栓をした右足の甲

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no.199

一瞬でも影を見せたものを
知らないふりできない
飛び起きて明かりをつけて
震えながらつなぎとめる

僕は一つの体でしかなくて
魂なんかどこにもないから

いっしょに溺れることはもうできない
だけど僕が僕から剥がしとった言葉に
たとえばきみが捕まることができたなら
そこから浮上が可能なのかもしれない

だからこの鱗はそのままきみの体
影が深く沈み去るのを眺めたりできない
そのたびに命が強張って息を忘れる
それをキャッチしないことで
永遠に失われる機会に

それすらも誰からも知られることはない
僕のすることはたいしたことではない

いつ見てもアウェイのきみが
少しずつ言葉を漏らしながら
確実に空気を身につけていく

平気な顔は寂しいよ
溺れることは望まなかったくせに

ほら、もう身動きが取れない

落下する鱗に夕陽があたって歌がほつれる
近づいた顔がまた遠ざかって光が千切れる

ほら、もう何もかも沈んでいった

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