no.17

ぼくを目覚めさせた雨とこれまで世界に流れた血とどちらがどれくらい多いだろう
格子窓からむこうの景色は届かないってだけで繋がっていること、三枚の羽根で冷やされた皮膚にくるまれて今朝もただしく鼓動と呼吸をしていた、 逃げ出した隣人のピアノの音がしずくみたいに鼓膜に降り積もっていつかあふれる
朝の時間は輪郭を奪われて蕩けていきそうだ
優しいきみはぼくを正気に戻したくなさそうに満ち足りていて、そんな愛と以前もどこかで触れあっていた気がするんだ
誰にも名前がない頃、ぼくを知るひとなんて当然まだどこにもいなくて空がまだ一滴の雨も落としたことがなくて、飽和寸前の頃とかに

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no.16

生き急ぐ
ひとを笑うな
死に焦がれる
ひとを笑うな

あなたが望まない
ものを望む
心より望む
ぼくを笑うな

あなたが捨てるなら
ぼくが喜んで拾って
あたらしい言葉を教える
あたらしい文字とか教える

あなたが知らない
ぼくもまだ知らない

ひとから見たら魔法のような
そしたらまるで楽園みたいな

生き急いで
死に焦がれて
今にも完全にくたばりそうで
なお
不完全に繋いだ手を離さないもの

錯覚をふくめて幸せになれる才能ひとつで
あなたのだいじな地獄なんかを切り裂く

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no.15

卵を割る
黄身の丸さを目の当たりにする
カーテンをあける
蕾がいっせいに花開いていて鮮やか
犬が吠える
太陽が顔を出す
隣室の祈りが止む
毎朝毎朝
世界がぼくをいらないって言う

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no.14

自転車を降り妖精の死骸を跨ぐ
夜は昼よりたくさんの光を集めて
何を捨てても世界はうつくしかった
誰に捨てられても世界は

身軽なのは奪うばかりの海のせい
砂の街は人知れず溶けて
いつか呪いながらあつめた
貝殻いっぱいのスパンコール

振り返って名前を呼べば
疑わしげな視線が縋り付いてくる
だからぼくは教えてあげる
きみはもうここにしかいないよ

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no.13

六月のプールサイド
ジェリーが光を封じる
教室からカノンが聴こえ
悲鳴は慎ましくかき消される

明け方のぬるいアスファルト
落とされた者たちのつかの間の楽園
所在無さげにまるまった小さな命
玄関先のリズミカルな足音

かのひとの遺言を諳んじて
空き缶に活ける花の影
やわらかな手のひらに爪を立て
きみのすべてがぼくを愛している

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no.12

遠くから見ている
何かに包まれて見ている
光と音が不鮮明な中で
きみに照準が合っている

耳元で誰か囁く
棘をはらんで風みたい
言われなくても
わかっていたこと

ふいにおかしくなる
かんたんで微笑ましい誤解だ
ぼくは
ぼくはきみを分からないでもいい

ぼくの見る世界で
きみはいつもぼくといない
ぼくが見る世界は
いつもぼくが欠落していて

でもきみは見える
ぼくの目に見える
ぼくと出会う前と
変わらずぼくには見えている

好きだった
そのことがとても好きだった
いつかぼくのものじゃなくなっても
それが変わらなければいいと思う

あっちへ行って
他の人に笑って
あまねく溶けて
薄まらず満たして
ぼくだけを見ないで
きみをしか見ない
見ないで
汚れやすいこのぼくばかりをそんなに

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no.11

おびただしい数の丸が集まって液体になる
その中で溺れて死んでいく感覚を妄想すること
止められても忘れないでいたいと思う
いつまでもいつまでも
硝子瓶の底にも蜘蛛は巣を張る
逃したくないと思っていたいんだ
懐かしさを共有できるひとが少しずつ別の場所へ行って
まるで真新しいもののように迎え入れる世界へ踏み込んだとしても
胸や頭の中で鳴り続ける例の音のように
笑われたってしようのない痙攣のように
奪われたら発狂するくらいかけがえをなくしていきたい
昼の彼方で静まり返ってすべてを内包するあの夜や
そこからわずか零れ落ちてこの掌に落ちるしかなかったきみの不幸も

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no.10

青い丘陵を踏みしめながらぼくは
最初で最後の言葉を探している

手紙に書いて封をして
検閲の無いポストへ入れようと思う
白い手袋が汚れるまで何度でも

あなたはぼくにふれない
ぼくはあなたを傷つけたくない

どちらも火薬みたいにおとなしい祈りだ

雛が空から落ちて行く
夜からは星が
地からは呪いが
ぼくからは文字が

微熱いまだ冷めやらぬまま
滲んだ雲のしたで
夢のように繰り広げられると感じる
あなたは今日も誰かを好きになる

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no.9

白い腿
熟れた嘘
黒い影
爛れた秘密

美しくなんないように
美しくなんないように

そうやって息するの簡単じゃないんだね

死んでいって欲しい
殺されていて欲しい
生きていって欲しくない
きみに生き延びてなんていて欲しくないんだ

だって、
かわいそう。

これが優しさで愛です
これが純粋です究極です

知らないはずはない
おんなじものをきみに
語られたことがあるんだ

夜が割れた宇宙の一コマ
怯えた瞳に鮮血のドレープ
意味不明のまま愛を語られていた
流星はためらいながら肌に光植えつけてた

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no.8

午後六時の黄金色
多肉植物の影がのびる

不揃いな前髪の
まぶしそうに僕を見ている子ども

修正済みの標識が
明日のありかをおしえる

盗まれなかった
攫われなかった

危険をおかして
奪われることの歓び

それがないならもう
見る夢がないよ

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