【雑記】イメージを反転するということ。

テレビやスマホをぼーっと眺めている時って自分の中に大量の情報や意見が「流れ込んでくる」イメージでそれまでいたんだけど、それで「受動的」って言葉を使うんだけど、あ、本を読む時とかもね。受け身だなって。でもそれってそうなのかな?「吸い取られてる」「搾取されてる」ってイメージもあらたに浮上してきた。私たちはぼーっとしてる時でも実は何かを見ていたりさ、考えていないような時でも受け止めていたり晒されていたりする。その時、スポンジが水をじわじわ吸収するイメージ?まだマシ?でも実際は、ぎゅーーーっと吸い取られてるんですよ。時間や命が。そう思うと、うわっとなって、まあ、うわっとなっただけ。特になんもしないけど。動き続けることはできないし。生産性のあることばっかできないし。合理的なことばかりじゃいられないし。くだらないことや無駄なことやそれはやめとけってこと続けてしまうのが人間だし。これ村田沙耶香さんの『消滅世界』って文庫本を読んでて思った。家族制度が今と違ったパラレルワールドなのね。その世界では男女みんな避妊されてて夫婦間の性行為は近親相姦なの。で人間同士恋愛してもいいんだけど多くの人がアニメキャラとか愛してる。ほー。ありうる。って世界なんだけど主人公はキャラを「キャラ」っていうのに抵抗あるのね。本気で好きになった相手だから。そんで、まあ、旦那とキャラとは?みたいな会話をするんだけど「人間はキャラを自慰に利用してるだけだ」ってあって、でももう一つの意見は「搾取されてんだ。気づかぬうちに経済ベースにのせられて」みたいな、そういう。これなんかほんとそうだなって面があって、そうだな、って。それだけ。適当にあらすじ書いてるから適当だけど。

全く同じことを語っていてさ、一人は足すイメージで、でも別の人は引くイメージで。これってすごい。同じものを見てるつもりになってるだけで、まあ、見てるんだけど、真逆って。これが何重にもかさなって、だから「わかってくれる」「わかってほしい」はとことん幻想だなって気づくべきだし、でもそのいっぽうで「わたしはこう考えることで絶望した」「そう?ぼくはこう考えるから希望を抱いてるよ」って言えるわけで、白黒あって白黒つかないんですよね。人間は我慢できないはずだよ。だってグレーゾーンが得意な人っていないじゃん。どっちかだと確信して安心を得たい。なのにみんなばらばらのことを言う。だけど分かり合いたい。あああ人間ってほんとめんどくせえなもう隠遁したほうがマシ!てなったのが現状の私ですね。長い自己紹介であった。

今日はこのお話を紹介。
最後5行が自分が書いたものじゃないみたいで好き。自分が考えそうにない考え方で。波に乗ってグイグイ書いてるとたまにこういうことが起こる。ここに落ち着いたんだ、ていうの。そういうのがあるから、やみくもに吐き出すのも悪いことではない。われを失うことも、グレーゾーンを突き進むことも、たぶんあんま、そんな、思ってるほど悪くない。少なくとも思ってるよりは。だって根が心配性じゃん。どいつもこいつも。もちろん自分も。なので想像したより悪いことなんてそうそう起こらないよ。まったく起こらないとも言えないが。

クーラーが 壊れたままで 秋の風。

2+

【雑記】優しさが優しいとは限らない。

闇の力ぽいものを、軽視したり忌避したり、ましてや打ち消そうとして抗うことはないように思う。楽しいという気持ちや好きだという感覚を自然なものとして受けいられるように、その逆もまた受けいれなければ、人として嘘であるように思う。それは自分にとって好ましくなかったり、一見不利であったり、周囲に露呈したら恥ずかしいことのように思われる。そういうわけでひたすら隠したくなるかも知れない。だけど、どんな感覚であれ生じたからには自分がそう感じたはずで、しかも意外とまじでこいつをうまく利用することで、より良い方へ、より高みへ行けることがある。コンプレックスや、嫉妬心など。復讐心とか、あいつを見返してやるんだという気持ちとか。こういう感覚は抱いていても仕方がない、際限がない、そんなもの捨てて自由になれという人にたまに会う。きっと誰でも。だが、そんな時は、果たしてそうだろうか?と、思って欲しい。それは自身の中にある「こんな感情捨てたい」「苦しい」「恥ずかしい」に一致するので、その人のいうことはさも正論であるように感ぜられる。その人こそ自分を正しい方向へ導く救世主なのでは?とすら思う。だが待てよ、と、ふと思って欲しい。それ以前に。その感情が、感覚が生まれたのは何故か。それをよく知りもしないで「自由になりたい。解放されたい。美しい心の持ち主になりたい」と思って捨て去っていいのか?てか、できんのそれ?幸せを噛み締めている時に笑うなと言われたら腹が立つように、マイナスの感情が湧いた時にそれをただちに捨てろ解放されろ自由になれと言ってくる人物に対しても、また反感を抱かないと嘘では?どちらも自分のものだからだ。助言してくる人がどれだけ善意で、または悪意で歩み寄ってきているのだとしても、思考の持ち主はいつだって自分だし、自分でなければならないと思うからだ。すぐに共有して分かち合って励まし合ってたしかめあって舐め会うような、絆。絆って、きもちわるいや。って、わざわざ口に出す必要もないけど(なぜなら本心から絆が必要な人もいる)、違和感を抱いて欲しいんだ。もっともらしくても、正しくても、優しくても、好意的でも、善意でも、一瞬「うーん。それは、どうかな」っていうのを。他の種類の感情と分け隔てなく、難しいのだとしても、自分に生じたものであるなら、全部なにかのメッセージだとして、自分だけで受け止める夜があって欲しい。すぐに救いを求めるのでなくて、それぞれひとりで泣く夜があって欲しい。雑多なようで、潔癖すぎるよ。ごちゃごちゃしたものに対して。シンプルなものは羨ましい。しかし簡単に操作される。俺の人生に口を出すな、くらいの気概は、心のどこかにあるといい。

3+

【雑記】ひふみん

漢数字の「一」「二」「三」って眺めているとなんだか人間の原始的な部分が見えて好きになるんすよね人類。だって1を「一」と書くとする、って単純キュート。すっげ分かるわ親切。そんで2を「二」と書くとする、って愛くるしいかよ。一を2つ並べたら「二」て。単純愛くるしい。そんで3を「三」と書くとする、ってキューティーハニー?で4でいきなり「四」にしたのなんでだよwww急にインテリぶって法則ねじまげてんじゃねえよwwwこれまでずっと横棒の数で数えてたじゃん、それをさあいきなり。「四」って、パッと見で分かるの法則どこいったしwww

ははは。

…ふーう。

はーあ……。

生理痛つら。ひさびさに重いやつ。

でも身体的に不調な時の感性ってバカにできないんすよ。普段思わないこと思ったり、おかしくもないことで笑い出せたりするからね。気をそらすために人間に備わった本能的なあれこれかもしれんので、皆さんもそう思って乗り越えるといいよ。

そういえば、このお話は、生理が重かった日に書いたやつなんですよ。もう13年前の夏なんですけどね。……ええ。……えっ!じゅうさんねんて、おま。

過去作品すこしずつ紹介していくスタイル。

そう。今日は、学園を舞台とした少女コミックの王道設定を調べたりしていたんですが、とかく虐げられたがりなの何でだろ。ドS王子とか、腹黒俺様キャラに「もっと言って〜」な受け身体勢になりがちなのなんでだろうな。ディスりではなく生物学的に何かあるのかなって純粋に疑問。そのくせ徹底して根拠を調べるほどやる気があるわけでない。ある種「尽くしてくれ」感があるのかな。ドSって能動的じゃん。ドMって受動的じゃん。壁ドン「されたい」。顎クイ「されたい」。働きかけて欲しい、私待ってる、尽くして見せて、私の前に傅きなさいよ。って逆に精神上は上からなのかもね。上から目線で来させるという支配権とでもいいましょうか。たぶん主導権奪いたいとまでは思ってないんだよ。「楽しませなさい」って気質じゃない?むしろ、これ。これだからドMはおそろしいなあ。しかしある地点からドSを屈服させたいという欲求に変わるでしょ?少女コミックや文庫にありがちな俺様キャラ見てると(はあ……何を偉そうに。いい加減こいつ屈服させたい)となって、少女たちはそこまで見越してるのでは。「お前は俺の犬なんだから絶対服従だろ」?あっそ、じゃあライオン連れてくるねー♪つって顔面蒼白にさせたい。わっかるかな?女性の中にはいずれそういう傾向が生じるように仕組まれてて全部伏線なのかな、って思うことある。これがBLなんだろうね、この走りが。もともと人間って女性主導のほうがうまくいくのでは、合理的なのでは、ってーとまた◯◯主義とか言われるのでぼやっとさせときたいけど。フィクション見てるとその葛藤があるなって思う。

結論:腹黒俺様キャラは原則受け。

ふむ。言葉にすると真新しくもなんともないね。何年も前から見聞きしてたことだよ。この界隈では。

2+

【雑記】ハッカとエゴ

精製水にハッカ油混ぜたものを100均で売ってるスプレーボトルに入れてシュッシュするだけで立派に虫除けになりますよ。ハッカ油数百円。薬局でも売ってる。千円以下でオーガニックかつ効果抜群のG対策なります。まあ出ちまったもんには殺虫剤使うしかないがな。即効性の殺虫力はないんだ。あくまで予防対策であって。

だが私これ使うようになって思うんだが、自分だけよければそれでいいのかな、って。ハッカスプレーに限らず、とくに梅雨の時期になると噴出タイプの霧状のね、スプレーが店頭に並びますでしょ、使ったことないが?あれも結局「我が家だけは御助けを」精神でしょ。

自宅からやつらを追い出して、自宅さえG攻勢から守れればそれでいいんだ、っていう。それって裏を返せば他の土地に敵を送り込むのと同義でない?わし思う、それでいいのかな、世界はそれをして大戦になったのではないかな、って。

でもそんなこと言ってたら何でもかんでも自分の責任になるんでない?それって自意識過剰ともとれるし現実的にすべてのことに因果関係見出し謝罪心から身動き取れなくなったら死ぬより他なくなるんでない?とも思うので視野は狭い方が救命にはなるのかもな、とも思った。

そもそも私どっちかっていうと自分さえ良ければの傾向あるし(告白)、ひとりひとりがそうやって御自愛できてれば誰もないがしろにされなくて済むんでは?他人が蔑ろにしても自分自身だけは最後まで自分の味方でいてやんねーと絶対無理だって。それをしないで他から大事にしようとすると自分の中の野生が牙を剥くのでは。そして最終的に他人を傷つけ自分も傷つくんだよ。みんながみんなまずはエゴイストになれば、生来エゴイストもむやみやたらと罪悪感を抱いたりに無理矢理に抱かされることもなくなり世界はまあるくなる、パンケーキ俯瞰図のように。

てことを思いながら今朝も網戸にハッカをシュシュした。ぜってーここへは来るなよ。シュシュシュ。

3+

【雑記】風を送りし者

いつも翻弄されているよ
冷たくなったり暖かくなったり
限界を訴えているの?
まだ終わらせてなんてあげない

真夜中にふと目が覚めて
体の熱にうなされる
遠い昔を思い出す
まだきみがいなかった頃の話だ

時おり苦しげに鳴くね
まだ大丈夫だよ?
もうやめてくれ?
悪いがわかってあげられない

わかってあげたい
だけどきみはここにいる
目の前にぼくがいる
だったら冷やすべきだろ
保証期間は切れてんだ

+

たまに調子悪くなるエアコンの詩

きみは、なんぎょうめで、わかったかな(o^^o)???

+

『大家さんと僕』読んだ。かわいい。あたたかい。やさしい。すべての老人に、矢部さん付いてほしい。何気ない、普通の、一般の、人生が、特別であることを。映画化されそうー。と思って調べたらもともと映画のプロット的な流れでつくられたとか。絵とか間の取り方?よかった。

+

土日のショッピングモール行くのたまに好きです。ってことはたまには嫌いってことでつまり好きでも嫌いでもない状態。特筆すべきことなどないってことですね。ただ昨日は好きな方に寄ってて、いろんな家族や人々がいるなあって思いながら歩いてたんだけど、一昔前は「デパート」が今で言う「郊外型ショッピングセンター」であったわけで、私の記憶にもかすっているな、と。十年後、家族で買い物に行く場所の象徴ってどこになるんだろう。サイバーか。やっぱサイバーか?しかしそれもないように思う。生身は生身として残るんだ。何でもかんでも電子にならず。そう思った。きのうひさびさにリアル書店行って、前述の大家さん本と、スノーデン告発本と、ホリエモン本と、村田沙耶香さん本と、筒井康隆本と、旅行ガイドブック買った。筒井本あとがきが星新一で筒井氏の才能にやきもきしてた。学生時代、国語教師が私に勧めた作家が星新一で、それからある種な感じになってる。合うと思ったのかな。私のどういう身振りが?そう思わせたのか。人に本や作家を勧めるってことはその人に自分が抱いているその人像を告白することでもあるよね。照れ臭くなることもありそう。高度だよね。どう受け止めるか分からない相手に対して本を勧める。うむ実に高度だ。あー、うー、ってなりそう。おすすめ本おしえてとか個人的に気軽に言われると服やヘアスタイル選んでやるより難しいって思うし責任感じるし間違えたくないしそれがその人を傷つけるかもしれないし傷ついて欲しくないし「こんな風に私のこと思ってんの?!」ってキレられたくないし時間もお金も無駄にして欲しくないしじゃあ手前が購入して進呈すればいいのでは?と思うけど花と違って枯れゆくものでもないから処分に困られても嫌だしメルカリで売っても発送の手間はかかるし申し訳ないし人生の大切なお時間頂戴するの忍びねーし、

結論:考えるな感じろ。

いやだからね、それが無礼に当たったら嫌だしかと言って「べつにないかなー」つっても余計無礼だしできれば颯爽と一冊の本をふところから取り出して「そう言われると思って備えておきましたよ」つったらスマートな紳士できゃーってなりそうだけど現実的でないしかと言って「これ読め」って電子書籍プレゼントしたくても相手が端末持ってなかったら意味ないし人におすすめ本きくとか大概にしてください。質問された方はきっとあなたを思って胸がはちきれそうですよ。夜も眠れずにひたすら考えていますよ。傷つけたくない傷つきたくない。つまんねえ野郎だなと見透かされたくない幸せになってほしい。愛のままにわがままにぼくはきみだけを傷つけたくないし実らない恋かよ。おすすめ本をきく行為、うーんなんという無自覚小悪魔。それくらいの覚悟はあるんですかないんですよね、はい決定ー小悪魔決定ーきたこれー自意識過剰と小悪魔カップルかわいい。

2+

【雑記】人が本当に量産したいものは肯定された自分像だ

経験上、何の作業においても、短期集中型(熱しやすく冷めやすい)なので、1日か長くても数日で終わらせないと出すことすらできない。

「作業早いね!」と褒めてもらえることもあるし、そのせいで「量産型」「低品質」「雑」と言われることもある。すべてにおいてじゃないが、そうかなって。品質に対して言われてる部分は仕方ないけど、必要とあらば修正すっけども、単に「時間をかけないといいものは生み出せない」という考えの人も多くいるように思う。

「いいものは熟成させるべき」みたいな。この道◯十年=文句なしに逸品、みたいな。思考停止じゃないですか。そういうの。あやしい宗教だよ。イコール(=)が短絡的だもん。明快だけどもさ。「この道」云々は、確かにあるにはあるのかもしれないけど、個人的には、んーなんかちがうなって思っていて、できる人はできるんじゃない?ていうか、それ言う人はそれに費やしてきた期間の長さを肯定したいだけでは?みんなポジショントークだよ。私だって自分が長距離走タイプならあの手この手で(?)「いいものは時間をかけて生み出される」みたいなことここに書くよ。人間みんな自己肯定のために物言ってるから惑わされないよう。

そして私がもう一つ思うのは、つくづく感じるのは、量産することの大切さですな。

質を気にしすぎると「あーでもないこーでもない」とこねくり回してるだけで結局発表されないのですよ。それって頭の中には素晴らしいものが完成しているのかもしれないけど他の人に届けられる形にできなければ何も完成していないに等しいからな。たぶんこの排出部分をできない人、そこに至らない人が、「くそかす」みたいに言うんだと思う。外に出した人や、出た作品などに対して。自分ができないことやられたんだからね。悔しい気持ちの根本見つめられてないと思う。

完成させることが、いや違うな、とりあえず出すことが何より大事。

一個の宝石より百個の石礫。

そして、一個の宝石を差し出す人を見て「おー、一個の宝石みがいたほうが影響力あるじゃん。すごいじゃん。おらこの人目指すだ」てふうに思っても、そういう人たいてい千個万個の石礫をすでに放ってるからね。知らないだけだからな。というか、知らせないだけだから、ずるいんだよ。一個の宝石だけ持ってたみたいに。ずるがしこくて尊いんだ。

と、いうわけで、気持ちも作品も出したもん勝ちだなって思う。それができれば愛されるよ。自分ができてないことだらけだから言うんだけど。他人を観察して思ったことなんだけど。

繰り返すが人間みんな自己肯定で物を言うので、私が今言ったことだって「そうか!」じゃなく(それはそれで嬉しいのだが)、「ふ〜ん」くらいに聞いておればいい。どっかにひっかけておいて、自分の性格や経験や向き不向きと照らし合わせて、まあ、答え合わせは数年後?人生の終末にでも。

っていうのもまた私だけの言い分なんだからな。

多くの人の考えを見て、歴史を見て、世間を見て、目の前の相手の反応を見て、居心地良いような体勢とってくださいね。あと、あなたを批判する人やぼろくそ言う人ってあなたじゃなくてその人自身に嫌気がさしてるんだよ。本人は気づいてないのかもしれないけどな。なので、しょげることはない。もったいない。あなたはあなたのままでいい。方向転換したらもったいねえべ?錆びた標識が示した適当な方に進むのって?あなたはまっすぐ行くんだよ。みんなちがって、みんないい。みすず。ほんとこれ。

おしまい。

2+

【雑記】不明ループ

小学生の自分にひとつだけ質問できるなら、こう訊ねたい。

その日記帳、なんのために、書いているの?

サンリオグッズの鍵付きの日記帳ですよ。ブログはまだわかるよ。なんだかんだ言って誰かが見てくれている。意識している。でも、日記帳って、なんだろう。記録という概念も、発表という概念もないのに、ただ書いてる。ただページをめくって、日付を、書いている。出来事を書いている。ページ下半分には絵が描いてある。

これは、いったい、なんでしょう?

ただ、書く。
ただ、鉛筆を動かす。
ただ、ページをめくって。

日記帳のためだけではない毎日を生きてきた。

宿題ではないのに。

「ただ」は、おそらく、尊い。
尊かった、なあ。

そして日記帳を止めたタイミングもまた分からない。小学5年生まで日記帳買ってたけど、少しずつ、日が空いて、それから数ヶ月後にパソコンを手に入れたのだと思う。

私がパソコンを手に入れた平成。
その平成最後の夏が終わろうとして、平成の秋が終わるためにまた始まるのか。

そのままなのに、その通りという他ないのに、生きるって、気が遠くなりそうだ。

こんなこと書いているうちは人生の何もまだちゃんとわかっていないはず。ちゃんとわかる、ってなんだ。それも、わからないはず。

3+

【雑記】はなまるが欲しい自分をみとめるということ。

面と向かってのほうが分かりづらいんだけど、文章だったらその人がどういう感情かわかるなー。ほんとは逆だな。対面したほうが情報量多いんだろうな。だけど多すぎて逆にわからんっていうのと、文字とばっかり向き合ってた根暗ぼっちなのでたぶん、少しは、そっちに軍配が上がるのかも。自分の場合だけど。

わかりやすい書き方されると2種類の意味で「すごいな」と思うことがある。1つは、「私のような無知なものにも理解できる書き方すごい」っていうときと、「私のような疑り深い読者も納得させるってすごい」ってとき。この時自分の立場って真逆で、下から目線と上から目線で、どちらにも共通することは、わかりやすいってことです。わかりやすさは武器ですよ。わかりやすく、噛み砕けるって。大前提として、読む人をどこまで想定できてるかなんだよ。想定があってはじめて、どこまで噛み砕けばいいかが分かる。詳しい人に基本的なこと言っても「まどろっこしいな」だし、超初心者に専門用語使っても「なんじゃらほい?」てなるでしょ。ひとりよがりではいけないんだね。

それを思えば、先生向けの作文書くのってスキルでは?「こう書いたらいい点数もらえるだろうな」「こう書いたら先生は気に入るだろうな」っていうの。小学生の頃、漢字練習1ページっていう宿題があったのね。で、シャーペンでまるっこい文字で書くとはなまるがつく。鉛筆で丁寧に書くとそうでもない。っていうことに気づいて、シャーペンでまるっこく書き続けてたのね。まあ、知らんですよ。実際。なんでその先生がシャーペン+まるっこいに好評価なのかは。でも、続けているうちに「鉛筆で丁寧に書いてはダメなのか」という気持ちがいつもどこかにあって、「シャーペンでまるっこい字を書いて提出する自分は先生の犬ではないか?」というもやもやっとした気持ちを子供ながらに抱いたわけですよ。1行とかじゃなくて1ページだからね。数十分かかるわけですよ。その間ずっと、自分のものではない、先生が気にいりそうな書体で書き続けているもんで考える時間が嫌でもできてしまうんですね。

自分への裏切りとまでは言わないが、まあ、そういう系統の心理があって。これって大人になっても消えない部分だと思うんです。合わせなきゃ、という部分と、貫かなきゃ、という部分と。その塩梅で人格や人ってできてるんでしょうな。そして今になって私が思うには、その頃の悶々と漢字練習してる小学生の自分に言うなら。

べつにいいじゃん。

てことですよ。先生が気に入る文字を書いてはなまるもらっていいじゃん。だって気づいたんでしょ?鉛筆よりシャーペンがいいって。誰も傷つけてないでしょ?自分で疑問には思ってるかもしれんが。ちゃちゃっとやっちゃえばいいんですよ。

末端すべてが中枢に影響する、神は細部に宿る的な、考えが、悪い方に派生して、にっちもさっちも行かないなんて息苦しいでしょう。そういう、隠れ完璧主義?な部分が危ういんだろうな。

結局、はなまるが欲しいんですよ。そしてそれを認めたくなかったんですよ。きっと。何かを欲しがる自分を認めて、手段とかどうでもいいので、欲しいもんまず手に入れればいいのにね。たとえばそれを我慢して気が楽になるのか?そっちのほうが、ずっと、悶々とするんだろう。手段に対し潔癖になりすぎる点は、欠点になりうるかもしれない。逆に、ある程度手段を選ばない人のほうが、はやいこと幸せになれちゃうんだ。いろんな点で。

まあ、合う合わないありますがね。手段を選ばない自分がどうしても嫌でストレスで実践できないって人もいるだろうし。自分、自分、自分が一番。だけどその自分がもし「変わりたい」って思うなら変わればいいし、変わることは悪いことではないよ。

なあに書いてんだか。まったくわからんちんですな。8月も残りあと2週間きりました。はやく秋が来て欲しい。

3+

【雑記】いかがお過ごしですか

なつさんのお盆の過ごし方

・川で釣りする
・日に3個ドーナツを食べる
・梨の皮をむく
・詩を書く
・版権小説読んで泣く
・ニコ動見てニコニコする
・ウォーキングデッドのダリル天使過ぎ泣く
・コーヒー飴をなめる
・楽天でTシャツを買う
・国語辞典をパラパラとめくる
・親戚の集いから逃げる
・来月の収入を計算する
・運動不足で太る
・甥から輪ゴム銃を向けられる

など。

うむ。健康で文化的だな?

3+

【雑記】嬉しかった言葉

自分を奮い立たせるためにこれまで伝えてもらって嬉しかった言葉を書いときます。

・「原石」「宗教めいてる」「洗脳される」
字面だけ見るとヤバみですが褒め言葉ですな。原石ってまだ宝石じゃないんだなあとは思うけど、万人に通じないかも知れないけどそう言ってくれた人に伝わったものがあったなら嬉しいなと思った。

・「頭の中は子供だけど、書き方が大人」
逆コナンかな?これは小学生の頃、創作物語を新聞に投稿してたり手づくり絵本にしてたら身近な大人に言ってもらえたやつ。今でもそういうところを理想点の一つとしている。頭の中と書き方が見た目通りというか予想通りなのは誠実で分かりやすいだろうけど、ギャップいいよなって。

・「いいと思う!」
これは、転職のタイミングですな。9割「えっ……マジか」な反応だった私の選択に対し、その人だけ「え、それ、いいと思う!」て言ってくれて恋に落ちる音がした。今も支え。

全発言に責任を持つって無理だと思うけど、自分の発した言葉が思わぬところで花を咲かせて、それを受け取った人の心に種をまくこともあるんだぞっていうのをわかってほしい。

逆に、ひどい言葉、傷つける言葉は、いつか思わぬ形で帰ってくる。もしその人から帰ってこなくても、何らかの形で報復される。何故なら、よく言われることだけど、あなたの言葉をいちばん近くで聞いてるのはあなた自身だから。ほんとそれ思う。

自分は発言してスッキリした、忘れた、正直に思ったんだから言ってもいいじゃん、悪いことしてないじゃん、事実じゃん。って、言いてー気持ちも分かりますが、少なくとも「事実」じゃねーぞ。

人が事実を語れるわけないんだよ。全部主観。その人のフィルター通した感想。写真ですら、動画ですらそうなんだ。言葉なんか、あなた、どうとでもできますから。ちょっと入れ替えるだけで悪意にも善意にもなるし、小細工なんて施しまくり。写真ですら、って言うのは、要は、その写真を撮る時間帯、エフェクト、絞り、露出とかなんやかんや、相当加工されるってことです。技術の問題だけでなくて、あ。これ撮っとこう〜。って思って、撮った。そのシーンを切り取った。そのシーンを、そういう角度で、その色味で、切り取った。それはもう「事実」「ありのまま」ではないんですよ。すっぴんではない。

そんなこと言ったら事実なんてどこにもないってことになるけど、まあ、それが事実なんですよ。

っていう私の書いた言葉も、私という人間から出てるので、相当主観的で「違う」って言える。言えなきゃいけないです。

なので、もし誰かに心ないこと、「でも事実だから」「本当のことじゃん」ってわけわからん前置き(もしくは補足、後付)でダメ押しされても「うるせえ」って思っときゃ良いんですよ。事実とか本当とか全部そいつ基準だし世間とかおばけだから。

批判は世界一カンタンな自己表現であってそれしかなかったひとの最後の砦なんでそんなものに付き合ったりましてや飲み込まれることなく、今あなたを好きだと言ってくれる人、「いいね」って言ってくれる人、見守ってくれる人や応援してくれる人のほうに尽くさないと嘘だよ。

つまらないものに、つぶされないでほしい。優しい人みんな自分を傷つけず生きてってほしい。社会にはそもそも意地悪な言葉が多すぎるんだって分かってて欲しい。でもそれは、その意地悪な言葉は、発する人の弱さに起因するんだって、いうことも覚えておいてほしい。仕方ないなって思えるでしょ?少し上から見られるでしょ?

傷つけられる必要は、時間は、ないってことを。知って、優しい人みんなそのまま生きてて欲しい。うるせえバーカてめえはてめえの人生生きてろよって思いながら、あなたはあなたの人生で本当に大切なほうを選べるようになってほしい。あなたの意思で。見方で。言葉で。

結論:優しいまま生きて。

恒例の〆。

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