雑記

なんでも書きます。何気に一番人気あるカテゴリー。

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【雑記】嫉妬があれば大丈夫。

私はそんなに嫉妬深い方ではない。
と、自分では思うけどどうだろう。
少なくとも自分では嫉妬深くない、と思っているけどコンプレックスになりそうな人や物を避けているのかも?無意識に。

だけど、たまーに「…ふーん…(あれ?イライラしてんな?…なんだこの気持ち…もしや…Sit!?)」な時があってそれたぶん正解。

そういう時って今まで「汚い。醜い。打ち消し」とか「自分は自分。他人は他人。はい終了〜」って強引に幕引きしてなかったことにしてたんだけど、いや待てよ。嫉妬やヤキモチって、そんなに悪者か?

そいつらってつまり「うらやましい」って言ってるんでしょ要するに?

じゃあ、羨ましくないように自分のものにする努力や行動をすべきなんじゃないかな。

それは自分がそれをどんなに望んでいるか、いたか、を教えてくれるわかりやすいメーターみたいなもので、ふっと湧き上がって来たらそれ好きで大好きでたまらないって意味だから安心して受け入れればいい。で、じゃあ自分はどうやったらそれを手に入れられるのか?を真剣に考えて行動してみればいい。

うまくいかないかも?どうだろ、いやー、大丈夫でしょ。だって、イラッとしたんでしょ?じゃあやれるんだよ。どうでもいいものにイラッとはしないでしょ。そういうことなんだよ。

自分が出してくるメッセージって一見違うものの形してるからややこしいけどそこで「おっ、いまなんか出てきたぞ?どれどれ、どうしたいんだ?」ってちょっと立ち止まって本心をさぐることをしてると、なにかが少しずつ変わってくる感ある。

嫉妬があれば大丈夫。

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【雑記】うそに殺されないために。

世界は簡単にきみのもの。

ひとつの教訓、ひとつの事件は。手癖でリリカルにもちこむことも、えらそうに自己啓発っぽくあたかも実践的な方向に持ってくこともできて、どっちが届くのかな。自分なら自分にどう言って欲しいかなってたまに考えるから少し変化したんだと思う。あたりまえっちゃあ、あたりまえだ。変わっていないわけないよ。これまでは「ねーねー書いたよ!読んで!」っていうあのねあのね精神だったけど、読んでる人を想像するっていう当たり前のことをふと意識したらどうなのか、とか。一気に答えが出るものじゃないけど。というか出す気は、ない。

人への気持ちや愛なんていうものはすべて相対的なものではないかと思ったんだ。身近な人から厳しく接されることが当たり前になっていれば、ちょっと優しくされただけで「えっ」ってきょどるから感受性マックスなんだよね。良くも悪くも。なので、絶望しまくれるうちに絶望しまくるのもいいんじゃないかなと思う。絶望を感じる状況に落ち込めるのもまた才能のひとつだから。

そりゃマリオのスターみたいに無敵がいいよね、タフになりたいよね。でもそれって危険な状態だと思う。紙一重だよ。居心地の悪さとか痛みって致命傷とか流血に気づくためのものでそれがあるからこそ早めの手当や対処が可能なんでしょう。なので気づかないふりは一番うそだよ。きみにしか聞こえないのだからそれを無視するのは、うそ。めんどうだなんて言ってもそれもまた、うそ。こわいんだよ。でも無視したらだめだ。怖くてもちゃんと、それをきくんだよ。

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【雑記】世界が一つのチョコレートだとして

雑記だから読みづらくて話飛ぶし支離滅裂。

スマホで書いたものとPCのキーボードで書いたものって、違う、なんか違う。だから手書きだとまた違ってくるんだと思う。そしてそれをスマホで見るかPCで見るか紙で見るかでもまた違うんだと思う。
なんだってそうだけど中身だけ、本質だけってのは無いんだと思う。そういった意味ではすべてが本質になるのかな。たとえば一種類のチョコレートがあって、それをどんなパッケージでくるむかで味や気分まで変わってくる感じ?意識的だろうが無意識だろうが人は前後含めて味わっているわけだから純粋にその本体だけって味わいかたはしないんじゃなかろうか。手触り、舌触り、耳障り。いろんな感覚器がそれをとらえるわけでしょう、そして最後に一人の脳に集約していく。同じものなんてないんだなってますます思う。同じ本でも10代で読むのと30代で読むのとでは感想が違う。だから繰り返し読む人もいるし、ふと思い立って「そういえばあんな話があったな」ってまた手に取るのかもしれない。
人間関係だって例外じゃなくて、あの時のあの人どうなったかなって思いだすのは自分が変わったからかもしれないね。ていうか変わらないものなんかないからそうなんだろう。
じゃあもう変化しないようにって時を止めてしまったり生きているものを殺してしまえばいいのかっていうとやっぱりそれでも自分が生きてる以上は思いも感受性も変質していくのだから同じ関係性をどこまでも維持するってのは不可能に近い。育むか決裂。それしかないような気がする、っていうと、両極端な二択にしぼろうとするのは神経質な人間のすることだって言われるんだろーなー優しい本の中では。それでもたまには?わかりやすくしたいんだよ。グレーゾーン拾ってたらめんどくさいじゃん。収集付かなくなる。かみ砕くことと同義なのだから別に神経質なわけじゃない、かと言って神経質なことを否定もしていないしそれは良いものを生み出すことだってあるだろう?
こうやっていくと何も否定できなくなって自分を苦しめたりするんだよ結局は。成り行き任せの恋に落ち時には誰かを傷つけたとしてもそのたび心痛めるような時代じゃないんだよ。ってこの歌詞が出たの10年以上前ー時の経過のはやさ怖い!
ミスチルである。
ミスチルといえばたぶんいちばん繰り返し聴いたのシーソーゲームでその理由は当時読んでた小説サイトの攻めくんがカラオケで良く歌う歌って設定が由来できいてた。俗物との出会いはいつもインドア生活から。たしか受けの子が蒼太って名前で攻めが将と透だったような。うん、たぶん。透が秀才クールタイプで将がちゃらちゃらしたイケメンでどっちもイケメンで蒼太が素直な普通の少年で二人から愛されまくってる疑似家族みたいな話だった。
ミスチルのシーソーゲーム、ap bankの淡路島のフェスで虹が出た回すき・・・。ラストでシーソーゲームうたってて「虹だ!」ってなるのすごい。youtubeで見れる。ん、神かな?ってなる。こういうとこから宗教はじまるんならはじまるんだろうなー、って思う、みんなが高揚しているときに天災とか天候が合わせてきたら。って思う。
それはおいといて、商売も創作も(創作も商売のうち)、長く続くものに共通してるのって「明るい未来を見せたひと(もの)」じゃないかなって感じがする。
壮絶に悲しい終わり方とか、謎を残したり、うわー後味わりーな!っていう終わり方も嫌いじゃないしどちらかといえば好きなんだけど、長く続くのって、より多くの人に愛されるのって、受け取ったひとに「明るい未来」を見せたかどうかなんだろう。短期的ならいんちき商売だってそうだよ、これを買えばあなたの生活はこう変わりますよ。って未来を見せるんじゃないか。宝くじだって車や家のCMだってそうだし、音楽も小説もみんなそうじゃないかな。まあ要するに希望を見せるものには要注意ってことだ。見せ方がうまくたって保証はないんだからな。でもそんなこといって避けてたら何も手に入らないことだけは確かなので塩梅はむずかしい。めんどくさいからひきこもる。こういった精神構造で閉じこもる。
そしてシーソーゲームの歌詞に出てくる女の子がどんな子かって考えるんだけど「愛想なし」「友人の評価はイマイチ」「劣等感を逆手にとってわがままばかり」「母性本能を隠し持ってる」「図に乗ってノーリアクションする」って手がかりから察するにキャラ性が蒼太じゃないから将→透だったんじゃないかなって今頃気づいてる。

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【雑記】テレビ番組のこと

刑事ゆがみが面白くてドラマ毎回録画してるんだけどこれほんと面白い。私の中で永遠の瀬田宗次郎である神木隆之介が浅野忠信におちょくられながらわちゃわちゃ謎を解決していくミステリードラマなんだけど、まあ神木隆之介演じる羽生が視聴者をもっともらしくミスリードしてって浅野忠信演じる弓神がおいしく解決するんだけど何が面白いかって敢えてメインのバディに触れないとするならば弓神&山本美月演じるヒズミの関係性であるHooo!前髪短くて服装やら食べ物やらなんかいろいろ無頓着なのにハッカーみたいな山本美月が可愛くて俺は…俺はだな。でも毎晩漁ってるのは有村架純の画像なんだ…。ああ、同感だ自分でもやばいと思う、いろんな意味で。これ原作漫画読めば色々わかるんだろうけどたぶんなかなか読まない。

そして今日はWOWOWで録画しといた安室奈美恵の25thアニバーサリーライブ観てたけどちょっとわけがわからなくなるくらい彼女は二次元なのかな?かっこよくてかわいすぎた。アラフォーで息子は成人しててデビュー当時の映像見てもぜんぜん古臭くないし年とらないどころかむしろ輝きを増してて「すげー」となった。大ファン!てわけではなかったけどやっぱりすごい人であった。あんな体型ありかー。生きているのが信じられないくらい二次元。

すぐ二次元かって言うのボキャブラリーなさすぎてやめたいけど自分の中で他にしっくりくる言い方なくていつも使ってしまう。要は怠け者なんだ…。

あとマツコデラックスがやってる夜の東京を徘徊してる番組も好き。なんか夜の街って人がいても落ち着く。とか言いながら日付変わる前にはお布団かぶって眠りに落ちずにはいられないんだがな。夜の街とは程遠い人生だからこそよそから補給しているんだろう。

以上、さいきん見た・見てるテレビ番組について。

2+

【雑記】なにやらアツい

バリエーションとか角度の問題で新しい作品が発生するのであってずっと同じこと書きたい気がする。「それ」が何かははっきりと分からない、分からないから続いてるんだろうけど。ずっと睡蓮の絵を描いてた画家いるじゃん。あのひともたぶんそうだったんだと思う(?)

全部自分でできるひとなんていないから、自分でするところと他人に任せていいところを区別しておくといいんだ、自分の中で。ここだけは自分でしないと気が済まない、とか、要はそれが自分の得意なことで本当にやりたいことなんだから。それにエネルギー注いだ方がよほど良い。それ以外の部分は別の誰かにとっての「本当にやりたいこと」であったりするのだから、それらが合わさった方が絶対にいいものができる。あとはそういう人たちとどう出会って目的や過程を共有するかなんだけど今は言わずもがなインターネットというとても便利なツールがあるので使わない手はない。

これもう性格もあるんだろうけど私は匿名性の保証によって得られる効果ってすごい信頼してて、それによって実生活ていうの?普通の社会じゃ発揮されない部分が、人材が、持ってるもの発揮できんのなら社会にとってすごくいいと思う。世渡り上手や社交性の高い人間の持つエネルギーってすごいんだけど、それにハンデ感じてるひとだって能力はずっと優れてるケースだってあって、そういう人の声ひろえる仕組みがあれば絶対いいと思う。そしてこんなことは私が今更熱弁するまでもなくたくさんの人が理解してて動いてるんだろうけどあらためて思う。

今の会社や学校が居心地悪くてもそれだけで脱落者って呼ばれるの馬鹿げてないか?ましてや自分でそれを受け入れるとか?クズなわけねーじゃん。「うるせーバーカ」って心の中で思いながら立ち去れば良いんだよ。たったひとつの環境にそぐわなかったくらいで何が脱落だよ狭い世界に生きてんな、アデュー!てな。むしろそんなすぐ適応できるわけねーだろー、て思うし、探してみたら絶対あるから。そして昔に比べて絶対に土壌は、選択肢は、増えつつある。もったいないから絶望すんな大丈夫。内向型の未来確保できない環境や組織なんかいずれ詰む。まだ言語化されてないもの、表出されてない思考、どれだけあると思ってんだ。ちなみに私は知らんがたぶん、えーと、かなり、うん、けっこうある(適当)!

まずは自分を殺さないところから。

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【雑記】ハリーとアシタカ

ハリポタ(賢者の石)ともののけ姫のDVDを借りて見てたんだけどハリポタに関してはもうほんとみんなすごいハマり役でハリーなんかほんとこの子しかいない!感がすごくて最初オーディションで見つけた時審査員全員が「うわああああ」ってなったのかなあとか思う、知らないけど。あと、もののけ姫見てたらアシタカいい男すぎるなーと今になって思った。数年経って見返すと当時気づかなかったいろんなことに気づくから面白いんだね。アシタカは村のおなごに祟り神切らせないために矢を放って腕に呪い受けてるわけだし、ジブリ男子って重たい物背負っちゃう系だなー。ハクとかハウルとかアリエッティの少年とか?(そういえばアリエッティまだ見てない)もののけ姫は公開当時映画館で見たけど、今見たら映像こんなに古臭かったかなっていうのもびっくりした。なにげにディスってるふうな物言いだけどそういうのではなくてだな・・・ほら、見た時は「うわあ~。この祟り神のにゅるにゅるしたやつすげえなリアルだなほんと気持ち悪いなー」とか、あと、ハリポタだとクィディッチの試合シーン見て「うわあ~。すっげえリアルだなこっちまで箒で空飛んでる気分だー」って興奮しながら眺めてたけど今見るとめっちゃ合成って分かったり色褪せてんなって感じるのはアレかな、映像技術の発達かあるいは私の心がよどんでしまったのか分からないけどスネイプ先生の立場考えたらもうほんと胸熱でいまだに最終巻読んでない始末。もういい加減いいだろー。読む気あるのだろうか。賢者の石刊行から20周年とか嘘だろ・・・。ははあ、道理でちらほら書店で展開してるの見かけるわけだ。とりあえずホグワーツのすごいところはさ、グリフィンドールの生徒みたいな生徒だけを集めるんじゃなくて、スリザリンってクラスも平等に存在するところだよな。多様性のあり方とか世界とかさそういうふうに排他でなくて共存の道をうんぬんかんぬんであるからしてヤックルのきょとん顔はんぱない。ハリーが最後に両親の写真見て浮かべた表情すげーと思ってほんと胸がきゅんとした。私だったらヴォルデモートの言いなりになってたかもしれないのにハリーはあそこで「嫌だ!」って言えるのほんとすごいからさすがジェームスの息子だなって思うけどそうすると思いはスネイプ先生に戻ってきて切なすぎるだろ。
今「ジェームズ」だったかな「ジェームス」だったかなってGoogleで検索かけた時の予測キーワードがひどくて笑った。
「ジェームズポッター クズ」
「ジェームズポッター 最低」
「ジェームズポッター いじめ」
「ジェームズポッター 嫌い」
えーと・・・そんなキャラだったっけ。
たぶんそうだったんだろうな。記憶がぼやけてきた・・・。
ねむい・・・。

Amazonプライムのミュージックでヒーリング系をおやすみタイマーかけて寝るのが私の最近の流行り。たぶんもってあと一週間。意外と続けば習慣となる。

1+

【雑記】聖域は持ち歩く時代

うどんやポテチを食べていても、なんかそんなことに負けないものを書きたかった。一駅で読めて、映画一本の感傷に価するものを。ゆっくりと、そのために割く時間がなくても、手を伸ばしたら触れる場所にあって、もうなんもかんも嫌になっちゃったなあって時に、フードをかぶる程度に逃げ込めるところ。ポータブル・サンクチュアリ。あ、詩の話ね。わけわからないままに「なんか好き」って、思ってもらえるような、向かい合うことはないかもしれないけど、「なんか、今日もここにあるな」って思ってもらえるような。そういうものを間に挟んだなら、正気を失わずに生きていける気がしたんだ。悪くない気がしたんだ。それが続いていけば。突然終わらないなら。時間が経ってもあり続けたなら。伝われと思った。それだけだって言いたかった。

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【雑記】おやすみ前のヘヴン

今日は「ナイフみたいにとがってら」読んでちょう癒された。社会が生きづらくて地球割れろと思ってたけど(定期的に来る暗黒モード)、長男かわえええ。現実にいたらくそ腹立つんだろうけど漫画の力ってすごい、いや違う、これ漫画じゃなくて母親の力だ。愛があるんだよ愛が!だって、わざわざ漫画にするんだもん。愛じゃなくてなんだろうか。観察日記系は対象物がだんだん成長していくところが良いと思う(そのままの感想)。そしてブログ見に行ったら高3になってたー。そうだよね、つまりそういうことだよ。生きてるんだよ。みんなみんな生きてるんだ・・・。

腹を立てたり自分よがりになっていたところ反省したいと思った。
しなくちゃいけないことをリストに書き出すでしょ。
優先順位つけるでしょ。
で、3位以下はもう捨てるんだよ。
後回しとか時間ができたらとかじゃなくて、捨てるの。もうそれはやんなくて良いことなの。上位3位に心血をそそぐ。それが捨てられた3位以下への供養ともなろう。

あとはここでは紹介できない本ばかり読んでるから紹介できない。むむ。

最果タヒの「もぐ∞(もぐのむげんだいじょう)」の印刷が可愛いと評判なので読みたい。ここ初めて聞く出版社だ。
「NIL」って雑誌読んでたらなんか新しいもの生まれてくる気配を感じた。
聞いたことない名前ばっかりでやばいなと思った。

読みたい本はたくさんあるけど腰を据えて活字読む気にはなかなかなれないからパラパラめくったりうまいとこだけかじるなどしている。

なんだって古くなっていくところが時間ってすごいと思う。
新しいのが出てくるのはまあ分かるんだよ、出りゃ新しいんだから。
それはそうなんだけど、新しかったものが古くなるってすごい。
どんどん早くなっていくからさあ、流されないように何か一つ持ってると良いんだよね。
自分の内側だったり外の世界にだったり、それがあるのとないのとでは絶対に違うんだよ。もうだめだもういやだってなった時に。これがあるのとないのとでは。だから。好きだってものがあればそれが公言できないものでも、密かにでも、まだ誰にも理解してもらえなくてもいいから、せめて自分で圧殺しないでほしいんだ。それはいつか絶対にきみを救うもの!人に言わなくていい、誰にもわかってもらえなくていい、自分にとって大切なものになるまでそれを捨ててはいけないんだと思うんだ。恥ずかしいことでもいい、もしかしたら誰かに見られて馬鹿にされたっていい、(「うるせーな暇人」くらいに思ってろ)、逆に、人とかぶりまくったりっていう悩みもあるかもしれない、自分の好きなことってちっとも個性的じゃないし誰かの真似してるだけかもって思えてくるっていう、でも最初はみんなそこからだからな、一緒の中から新しいものって始まったんだ。

ちょっと待ってnemui.

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【雑記】とおくのしま、とくのしま。

回顧雑記。

http://tokunoshima.today/

私の記憶がスタートしたころに住んでいた島です。
何気なく検索かけたら可愛いサイトが存在してておどろいた。

「遠くの島、徳之島。」

プロの仕事だろうな。
とおくのしま、と、とくのしま、か。
うまいなー。
やることと言ったら闘牛見に行くくらいでした。

ここに暮らしていた間の出来事で、ハサミムシが天井びっしり大量発生した日のことは忘れない。
十匹や百匹ってレベルじゃないんだ。もう、天井の白い壁紙が埋め尽くされるくらいびっしり。
あれ、なんだったんだろうな!?
南の島ってGも逞しいしデカいしその点ほんともう嫌だって思う…。全然免疫ついてない。

ハサミムシの件は今でも「あれは幼い頃に見た悪夢だったのかな?」って思うけど家族が同じ記憶を持っているので現実だったと認定せざるを得ない。

ただ、海はきれいだった。

色鮮やかな魚を追いかけたり、タカラガイをほじくって集めたり、波にもぐったり、潮の満ち引きってふしぎだなーって思ったり、漂流物を眺めたり、砂浜をどこまでも貝殻拾って歩いたり、あと海で磨かれたガラス、とか、灯台まで歩いて帰りで海中に落下して溺死しかけたり(実話)、ほんとうにいろんな思い出がある。なんで海からあがると小さな傷があちこちにできてるんだろう、とか。首の後ろばっか焼けるとか。

帰り道にはハイビスカスが咲いていて、その蜜は甘くて、野良犬がよく歩いてて、町のどこにいたって潮の匂いがして、いろんなことがあったなー。

回顧おわり。

私が詩の中で「海」を出す時は、ほとんどここの海や水中での感覚、そこで見たものだとか浮遊感などがベースになっていて原点み。

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【雑記】九月の詩抜粋集

抜粋集メーカーによる先月の詩、ランダムに抜粋。
もうちょっとやりようがあるだろうとツッコみたくなるような文字の見づらさ。

ブログのフォント見づらかったので変更。
こっちがいいな!

最近ハートマーク付けてくれるの驚異的に早いひとがいてすごい。

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