雑記

なんでも書きます。何気に一番人気あるカテゴリー。

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【雑記】ハッカとエゴ

精製水にハッカ油混ぜたものを100均で売ってるスプレーボトルに入れてシュッシュするだけで立派に虫除けになりますよ。ハッカ油数百円。薬局でも売ってる。千円以下でオーガニックかつ効果抜群のG対策なります。まあ出ちまったもんには殺虫剤使うしかないがな。即効性の殺虫力はないんだ。あくまで予防対策であって。

だが私これ使うようになって思うんだが、自分だけよければそれでいいのかな、って。ハッカスプレーに限らず、とくに梅雨の時期になると噴出タイプの霧状のね、スプレーが店頭に並びますでしょ、使ったことないが?あれも結局「我が家だけは御助けを」精神でしょ。

自宅からやつらを追い出して、自宅さえG攻勢から守れればそれでいいんだ、っていう。それって裏を返せば他の土地に敵を送り込むのと同義でない?わし思う、それでいいのかな、世界はそれをして大戦になったのではないかな、って。

でもそんなこと言ってたら何でもかんでも自分の責任になるんでない?それって自意識過剰ともとれるし現実的にすべてのことに因果関係見出し謝罪心から身動き取れなくなったら死ぬより他なくなるんでない?とも思うので視野は狭い方が救命にはなるのかもな、とも思った。

そもそも私どっちかっていうと自分さえ良ければの傾向あるし(告白)、ひとりひとりがそうやって御自愛できてれば誰もないがしろにされなくて済むんでは?他人が蔑ろにしても自分自身だけは最後まで自分の味方でいてやんねーと絶対無理だって。それをしないで他から大事にしようとすると自分の中の野生が牙を剥くのでは。そして最終的に他人を傷つけ自分も傷つくんだよ。みんながみんなまずはエゴイストになれば、生来エゴイストもむやみやたらと罪悪感を抱いたりに無理矢理に抱かされることもなくなり世界はまあるくなる、パンケーキ俯瞰図のように。

てことを思いながら今朝も網戸にハッカをシュシュした。ぜってーここへは来るなよ。シュシュシュ。

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【雑記】風を送りし者

いつも翻弄されているよ
冷たくなったり暖かくなったり
限界を訴えているの?
まだ終わらせてなんてあげない

真夜中にふと目が覚めて
体の熱にうなされる
遠い昔を思い出す
まだきみがいなかった頃の話だ

時おり苦しげに鳴くね
まだ大丈夫だよ?
もうやめてくれ?
悪いがわかってあげられない

わかってあげたい
だけどきみはここにいる
目の前にぼくがいる
だったら冷やすべきだろ
保証期間は切れてんだ

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たまに調子悪くなるエアコンの詩

きみは、なんぎょうめで、わかったかな(o^^o)???

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『大家さんと僕』読んだ。かわいい。あたたかい。やさしい。すべての老人に、矢部さん付いてほしい。何気ない、普通の、一般の、人生が、特別であることを。映画化されそうー。と思って調べたらもともと映画のプロット的な流れでつくられたとか。絵とか間の取り方?よかった。

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土日のショッピングモール行くのたまに好きです。ってことはたまには嫌いってことでつまり好きでも嫌いでもない状態。特筆すべきことなどないってことですね。ただ昨日は好きな方に寄ってて、いろんな家族や人々がいるなあって思いながら歩いてたんだけど、一昔前は「デパート」が今で言う「郊外型ショッピングセンター」であったわけで、私の記憶にもかすっているな、と。十年後、家族で買い物に行く場所の象徴ってどこになるんだろう。サイバーか。やっぱサイバーか?しかしそれもないように思う。生身は生身として残るんだ。何でもかんでも電子にならず。そう思った。きのうひさびさにリアル書店行って、前述の大家さん本と、スノーデン告発本と、ホリエモン本と、村田沙耶香さん本と、筒井康隆本と、旅行ガイドブック買った。筒井本あとがきが星新一で筒井氏の才能にやきもきしてた。学生時代、国語教師が私に勧めた作家が星新一で、それからある種な感じになってる。合うと思ったのかな。私のどういう身振りが?そう思わせたのか。人に本や作家を勧めるってことはその人に自分が抱いているその人像を告白することでもあるよね。照れ臭くなることもありそう。高度だよね。どう受け止めるか分からない相手に対して本を勧める。うむ実に高度だ。あー、うー、ってなりそう。おすすめ本おしえてとか個人的に気軽に言われると服やヘアスタイル選んでやるより難しいって思うし責任感じるし間違えたくないしそれがその人を傷つけるかもしれないし傷ついて欲しくないし「こんな風に私のこと思ってんの?!」ってキレられたくないし時間もお金も無駄にして欲しくないしじゃあ手前が購入して進呈すればいいのでは?と思うけど花と違って枯れゆくものでもないから処分に困られても嫌だしメルカリで売っても発送の手間はかかるし申し訳ないし人生の大切なお時間頂戴するの忍びねーし、

結論:考えるな感じろ。

いやだからね、それが無礼に当たったら嫌だしかと言って「べつにないかなー」つっても余計無礼だしできれば颯爽と一冊の本をふところから取り出して「そう言われると思って備えておきましたよ」つったらスマートな紳士できゃーってなりそうだけど現実的でないしかと言って「これ読め」って電子書籍プレゼントしたくても相手が端末持ってなかったら意味ないし人におすすめ本きくとか大概にしてください。質問された方はきっとあなたを思って胸がはちきれそうですよ。夜も眠れずにひたすら考えていますよ。傷つけたくない傷つきたくない。つまんねえ野郎だなと見透かされたくない幸せになってほしい。愛のままにわがままにぼくはきみだけを傷つけたくないし実らない恋かよ。おすすめ本をきく行為、うーんなんという無自覚小悪魔。それくらいの覚悟はあるんですかないんですよね、はい決定ー小悪魔決定ーきたこれー自意識過剰と小悪魔カップルかわいい。

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【雑記】人が本当に量産したいものは肯定された自分像だ

経験上、何の作業においても、短期集中型(熱しやすく冷めやすい)なので、1日か長くても数日で終わらせないと出すことすらできない。

「作業早いね!」と褒めてもらえることもあるし、そのせいで「量産型」「低品質」「雑」と言われることもある。すべてにおいてじゃないが、そうかなって。品質に対して言われてる部分は仕方ないけど、必要とあらば修正すっけども、単に「時間をかけないといいものは生み出せない」という考えの人も多くいるように思う。

「いいものは熟成させるべき」みたいな。この道◯十年=文句なしに逸品、みたいな。思考停止じゃないですか。そういうの。あやしい宗教だよ。イコール(=)が短絡的だもん。明快だけどもさ。「この道」云々は、確かにあるにはあるのかもしれないけど、個人的には、んーなんかちがうなって思っていて、できる人はできるんじゃない?ていうか、それ言う人はそれに費やしてきた期間の長さを肯定したいだけでは?みんなポジショントークだよ。私だって自分が長距離走タイプならあの手この手で(?)「いいものは時間をかけて生み出される」みたいなことここに書くよ。人間みんな自己肯定のために物言ってるから惑わされないよう。

そして私がもう一つ思うのは、つくづく感じるのは、量産することの大切さですな。

質を気にしすぎると「あーでもないこーでもない」とこねくり回してるだけで結局発表されないのですよ。それって頭の中には素晴らしいものが完成しているのかもしれないけど他の人に届けられる形にできなければ何も完成していないに等しいからな。たぶんこの排出部分をできない人、そこに至らない人が、「くそかす」みたいに言うんだと思う。外に出した人や、出た作品などに対して。自分ができないことやられたんだからね。悔しい気持ちの根本見つめられてないと思う。

完成させることが、いや違うな、とりあえず出すことが何より大事。

一個の宝石より百個の石礫。

そして、一個の宝石を差し出す人を見て「おー、一個の宝石みがいたほうが影響力あるじゃん。すごいじゃん。おらこの人目指すだ」てふうに思っても、そういう人たいてい千個万個の石礫をすでに放ってるからね。知らないだけだからな。というか、知らせないだけだから、ずるいんだよ。一個の宝石だけ持ってたみたいに。ずるがしこくて尊いんだ。

と、いうわけで、気持ちも作品も出したもん勝ちだなって思う。それができれば愛されるよ。自分ができてないことだらけだから言うんだけど。他人を観察して思ったことなんだけど。

繰り返すが人間みんな自己肯定で物を言うので、私が今言ったことだって「そうか!」じゃなく(それはそれで嬉しいのだが)、「ふ〜ん」くらいに聞いておればいい。どっかにひっかけておいて、自分の性格や経験や向き不向きと照らし合わせて、まあ、答え合わせは数年後?人生の終末にでも。

っていうのもまた私だけの言い分なんだからな。

多くの人の考えを見て、歴史を見て、世間を見て、目の前の相手の反応を見て、居心地良いような体勢とってくださいね。あと、あなたを批判する人やぼろくそ言う人ってあなたじゃなくてその人自身に嫌気がさしてるんだよ。本人は気づいてないのかもしれないけどな。なので、しょげることはない。もったいない。あなたはあなたのままでいい。方向転換したらもったいねえべ?錆びた標識が示した適当な方に進むのって?あなたはまっすぐ行くんだよ。みんなちがって、みんないい。みすず。ほんとこれ。

おしまい。

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【雑記】不明ループ

小学生の自分にひとつだけ質問できるなら、こう訊ねたい。

その日記帳、なんのために、書いているの?

サンリオグッズの鍵付きの日記帳ですよ。ブログはまだわかるよ。なんだかんだ言って誰かが見てくれている。意識している。でも、日記帳って、なんだろう。記録という概念も、発表という概念もないのに、ただ書いてる。ただページをめくって、日付を、書いている。出来事を書いている。ページ下半分には絵が描いてある。

これは、いったい、なんでしょう?

ただ、書く。
ただ、鉛筆を動かす。
ただ、ページをめくって。

日記帳のためだけではない毎日を生きてきた。

宿題ではないのに。

「ただ」は、おそらく、尊い。
尊かった、なあ。

そして日記帳を止めたタイミングもまた分からない。小学5年生まで日記帳買ってたけど、少しずつ、日が空いて、それから数ヶ月後にパソコンを手に入れたのだと思う。

私がパソコンを手に入れた平成。
その平成最後の夏が終わろうとして、平成の秋が終わるためにまた始まるのか。

そのままなのに、その通りという他ないのに、生きるって、気が遠くなりそうだ。

こんなこと書いているうちは人生の何もまだちゃんとわかっていないはず。ちゃんとわかる、ってなんだ。それも、わからないはず。

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【雑記】はなまるが欲しい自分をみとめるということ。

面と向かってのほうが分かりづらいんだけど、文章だったらその人がどういう感情かわかるなー。ほんとは逆だな。対面したほうが情報量多いんだろうな。だけど多すぎて逆にわからんっていうのと、文字とばっかり向き合ってた根暗ぼっちなのでたぶん、少しは、そっちに軍配が上がるのかも。自分の場合だけど。

わかりやすい書き方されると2種類の意味で「すごいな」と思うことがある。1つは、「私のような無知なものにも理解できる書き方すごい」っていうときと、「私のような疑り深い読者も納得させるってすごい」ってとき。この時自分の立場って真逆で、下から目線と上から目線で、どちらにも共通することは、わかりやすいってことです。わかりやすさは武器ですよ。わかりやすく、噛み砕けるって。大前提として、読む人をどこまで想定できてるかなんだよ。想定があってはじめて、どこまで噛み砕けばいいかが分かる。詳しい人に基本的なこと言っても「まどろっこしいな」だし、超初心者に専門用語使っても「なんじゃらほい?」てなるでしょ。ひとりよがりではいけないんだね。

それを思えば、先生向けの作文書くのってスキルでは?「こう書いたらいい点数もらえるだろうな」「こう書いたら先生は気に入るだろうな」っていうの。小学生の頃、漢字練習1ページっていう宿題があったのね。で、シャーペンでまるっこい文字で書くとはなまるがつく。鉛筆で丁寧に書くとそうでもない。っていうことに気づいて、シャーペンでまるっこく書き続けてたのね。まあ、知らんですよ。実際。なんでその先生がシャーペン+まるっこいに好評価なのかは。でも、続けているうちに「鉛筆で丁寧に書いてはダメなのか」という気持ちがいつもどこかにあって、「シャーペンでまるっこい字を書いて提出する自分は先生の犬ではないか?」というもやもやっとした気持ちを子供ながらに抱いたわけですよ。1行とかじゃなくて1ページだからね。数十分かかるわけですよ。その間ずっと、自分のものではない、先生が気にいりそうな書体で書き続けているもんで考える時間が嫌でもできてしまうんですね。

自分への裏切りとまでは言わないが、まあ、そういう系統の心理があって。これって大人になっても消えない部分だと思うんです。合わせなきゃ、という部分と、貫かなきゃ、という部分と。その塩梅で人格や人ってできてるんでしょうな。そして今になって私が思うには、その頃の悶々と漢字練習してる小学生の自分に言うなら。

べつにいいじゃん。

てことですよ。先生が気に入る文字を書いてはなまるもらっていいじゃん。だって気づいたんでしょ?鉛筆よりシャーペンがいいって。誰も傷つけてないでしょ?自分で疑問には思ってるかもしれんが。ちゃちゃっとやっちゃえばいいんですよ。

末端すべてが中枢に影響する、神は細部に宿る的な、考えが、悪い方に派生して、にっちもさっちも行かないなんて息苦しいでしょう。そういう、隠れ完璧主義?な部分が危ういんだろうな。

結局、はなまるが欲しいんですよ。そしてそれを認めたくなかったんですよ。きっと。何かを欲しがる自分を認めて、手段とかどうでもいいので、欲しいもんまず手に入れればいいのにね。たとえばそれを我慢して気が楽になるのか?そっちのほうが、ずっと、悶々とするんだろう。手段に対し潔癖になりすぎる点は、欠点になりうるかもしれない。逆に、ある程度手段を選ばない人のほうが、はやいこと幸せになれちゃうんだ。いろんな点で。

まあ、合う合わないありますがね。手段を選ばない自分がどうしても嫌でストレスで実践できないって人もいるだろうし。自分、自分、自分が一番。だけどその自分がもし「変わりたい」って思うなら変わればいいし、変わることは悪いことではないよ。

なあに書いてんだか。まったくわからんちんですな。8月も残りあと2週間きりました。はやく秋が来て欲しい。

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【雑記】いかがお過ごしですか

なつさんのお盆の過ごし方

・川で釣りする
・日に3個ドーナツを食べる
・梨の皮をむく
・詩を書く
・版権小説読んで泣く
・ニコ動見てニコニコする
・ウォーキングデッドのダリル天使過ぎ泣く
・コーヒー飴をなめる
・楽天でTシャツを買う
・国語辞典をパラパラとめくる
・親戚の集いから逃げる
・来月の収入を計算する
・運動不足で太る
・甥から輪ゴム銃を向けられる

など。

うむ。健康で文化的だな?

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【雑記】嬉しかった言葉

自分を奮い立たせるためにこれまで伝えてもらって嬉しかった言葉を書いときます。

・「原石」「宗教めいてる」「洗脳される」
字面だけ見るとヤバみですが褒め言葉ですな。原石ってまだ宝石じゃないんだなあとは思うけど、万人に通じないかも知れないけどそう言ってくれた人に伝わったものがあったなら嬉しいなと思った。

・「頭の中は子供だけど、書き方が大人」
逆コナンかな?これは小学生の頃、創作物語を新聞に投稿してたり手づくり絵本にしてたら身近な大人に言ってもらえたやつ。今でもそういうところを理想点の一つとしている。頭の中と書き方が見た目通りというか予想通りなのは誠実で分かりやすいだろうけど、ギャップいいよなって。

・「いいと思う!」
これは、転職のタイミングですな。9割「えっ……マジか」な反応だった私の選択に対し、その人だけ「え、それ、いいと思う!」て言ってくれて恋に落ちる音がした。今も支え。

全発言に責任を持つって無理だと思うけど、自分の発した言葉が思わぬところで花を咲かせて、それを受け取った人の心に種をまくこともあるんだぞっていうのをわかってほしい。

逆に、ひどい言葉、傷つける言葉は、いつか思わぬ形で帰ってくる。もしその人から帰ってこなくても、何らかの形で報復される。何故なら、よく言われることだけど、あなたの言葉をいちばん近くで聞いてるのはあなた自身だから。ほんとそれ思う。

自分は発言してスッキリした、忘れた、正直に思ったんだから言ってもいいじゃん、悪いことしてないじゃん、事実じゃん。って、言いてー気持ちも分かりますが、少なくとも「事実」じゃねーぞ。

人が事実を語れるわけないんだよ。全部主観。その人のフィルター通した感想。写真ですら、動画ですらそうなんだ。言葉なんか、あなた、どうとでもできますから。ちょっと入れ替えるだけで悪意にも善意にもなるし、小細工なんて施しまくり。写真ですら、って言うのは、要は、その写真を撮る時間帯、エフェクト、絞り、露出とかなんやかんや、相当加工されるってことです。技術の問題だけでなくて、あ。これ撮っとこう〜。って思って、撮った。そのシーンを切り取った。そのシーンを、そういう角度で、その色味で、切り取った。それはもう「事実」「ありのまま」ではないんですよ。すっぴんではない。

そんなこと言ったら事実なんてどこにもないってことになるけど、まあ、それが事実なんですよ。

っていう私の書いた言葉も、私という人間から出てるので、相当主観的で「違う」って言える。言えなきゃいけないです。

なので、もし誰かに心ないこと、「でも事実だから」「本当のことじゃん」ってわけわからん前置き(もしくは補足、後付)でダメ押しされても「うるせえ」って思っときゃ良いんですよ。事実とか本当とか全部そいつ基準だし世間とかおばけだから。

批判は世界一カンタンな自己表現であってそれしかなかったひとの最後の砦なんでそんなものに付き合ったりましてや飲み込まれることなく、今あなたを好きだと言ってくれる人、「いいね」って言ってくれる人、見守ってくれる人や応援してくれる人のほうに尽くさないと嘘だよ。

つまらないものに、つぶされないでほしい。優しい人みんな自分を傷つけず生きてってほしい。社会にはそもそも意地悪な言葉が多すぎるんだって分かってて欲しい。でもそれは、その意地悪な言葉は、発する人の弱さに起因するんだって、いうことも覚えておいてほしい。仕方ないなって思えるでしょ?少し上から見られるでしょ?

傷つけられる必要は、時間は、ないってことを。知って、優しい人みんなそのまま生きてて欲しい。うるせえバーカてめえはてめえの人生生きてろよって思いながら、あなたはあなたの人生で本当に大切なほうを選べるようになってほしい。あなたの意思で。見方で。言葉で。

結論:優しいまま生きて。

恒例の〆。

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【雑記】別人格狙い

はっきり言って今日は生産性のあること何もしてない。昨夜からニコ動でアルスマグナの踊ってみた動画見て(泉ー!俺だー!)うたプリの空耳字幕読んでMMD界隈のぞいて再燃してさーてはじめっか☆ってなったらMac対応してねえのかよ殺意殺意♪ってなってほんっとなんでですか?互換性ソフトあるにはあるけど使い慣れたもんがいいんじゃー。新しいもんにはなれるまで時間がかかるじゃろ。その間どうやってこの再燃しちまった熱を放出しといたらいいんだよ?え、マックさんよ、どうしてですか?なにゆえ汎用性に欠けるのか?チッ、マジですかしてやがる……。Mac製品に囲まれた暮らしいえーいて思ってたけどそろそろ目を覚まそうぜ子猫ちゃん……Macにはがっかりだヨ。マジにな。半年以上前に打ち捨てたノートPC・LAVIE(Win)たんを取り出して「ごめんねごめんね」って言いながらなだめすかして……ほーら動くじゃねえか。そして久しぶりにお金を産まない一日を過ごした。そしてこれが……きいてくれ3日目なんだぜ。やばいだぜ?一向に生産性のあることする気が起きないんですよねー。なぜもなにもない。こんな時は孫子の兵法に則って(?)下手に動き回らないようにする。好きなことだけする。生産性のない日があってもいい。この生産性は他者や社会に対するそれであって、それを「ない」と今言ったのであって自分自身の心には豊穣な稲穂が実っているんだよ。おわり。

あいや、しかし時の流れ早すぎませんか。踊ってみた動画みてたとき、まころんさんとか私のメイドがさんとかいとくとらちゃんとかがまだワイワイ全盛期だったころだよ、ハチもヒャダインもまだデビュー前だよ。きゃらめるだんしんとか吹っ切れたとかやってる時代ー。あーかわいかったなー。今でもおちゃめ機能が「歌ってみた」マイリス登録数1位って驚かん?すごいなー、ワイもiPodに入れて鬼リピしたもんやで……鏡音レンの亡国覚醒カタルシスからアリプロ知ってサンホラ知ってった頃やで……。緑のきのこから逃げるゲーム実況とかくそ面白くてニコ動をはじめとするネット世界があまりに芳醇だからリアルな人間関係もうどうでもいいってなってた頃……。

はあ〜……あれもこれも平成の出来事か……平成の夏、か……。蚊取り線香を知らない若者がはびこる新時代が到来するのかー。

みんな、享受したり楽しむのもいいけど、絶対どこかでアウトプットを。発信側になったほうがいい、ぜったいに、下手でも嫌になっても作り出す体験をしておいたほうがいい。でないと、萌えがあってもただ萌えを見てるだけになる。同じ土俵でなくても、どこかべつの表現手段で、自分のできる最適な方法で放電するんだ。もったいない。し、ただ溜め込む娯楽方法だと……いつか、なんか、ズーンってくる気がする。すきなもの追いかけるのもいいけどさ、SNSいっぱいあるじゃないか、それで、少しでも主観挟んだコメントでもレポでもなんでもいいんだけどさ、自分を出すんだよ。そしたら、そこが、ほころびのようになって、ほころびって負の言葉かもしれんけど、イメージとしては、ほころびになってって、ここぞって時にぶわーっとできるので。自分の内側のもの出す練習して、少しでも自分というフィルターをかけて、キュレーションをかけて、世に放たないと、身が持たないと思います。これだけみんな表現や発信をしている世界で、自分だけいつまでもオーディエンスじゃそのうち発狂すると思います。発狂しなくなったとき人は死ぬと思います。こいつ何言ってんだ?と思ったらそれを大切にしてください。なんで「こいつ何言ってんだ?」と思ったんでしょう?自分の中に違和感があるからですね。じゃその違和感を打ち消したものを、またべつの方向へ放ってみる。すると、それを受け止めた誰かがまた「こいつ何いってんだ?」て思う。これ、この繰り返しで、知らず知らずのうちにみんなでひとつの、あるいは複数の、「なんかいいもの」ができあがってく。ひとりよがりでも、賛同を得られなくても、発信することに意義があるって、こういうとこだと思う。

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【雑記】安心毛布

ドラえもんのタイトルみたいなタイトルである。私の今日の2字熟語は「動揺」です。私どんなにいろんなことに手を広げても最終的に絶対このブログに戻ってくるからな……ライナスの毛布だからな……みんなにもそういう場所があればいいと思う。そういうところがない人がどうやってがんばれるのか分からないような人間だからなくなったとき人じゃなくなる気がする……マジにな……。

このブログでは「小説」と「詩」はこんな感じで区別します。
・詩→ぼんやりしていて脈絡がないもの。パッパッとイメージだけのやつ。
・小説→一応自分の中ではストーリー仕立てになっているもの。流れがある(と思っている)もの。

ですので、書き方とか改行とかでなく、そういう、ほんと主観的な区別です。

最近、書店で国語辞書を購入しました。今さら分厚い辞書〜?て感じもしますが、なんていうか何をするにもiPhone様〜ってなってるからたまには手を動かして脳の別の分野つかおっかな〜て。最近さんざん機械化自動化はよ慣れろ認めろ受け入れろってやたら推進したがる割に、なんていうか、こういうことなのかな……。紙をめくるって、いいね……。悪かった。

せっかくなので、国語辞書にはなんと書かれているか調べてみる。

・詩→文学の一部門。自然や人事などから発する感興、思想などを一種のリズムを持つ言語形式で表現したもの。
・小説→作家の想像力、構想力に基づき、人間性や社会の姿などを登場人物の心理、性格、筋の発展などを通して表現した散文体の文学。

ふむ。

詩はリズム。小説は筋。ということか。そう解釈したぞ。じゃあだいたい合ってる。

こどもの時にほしくてほしくてほしかったキラキラの折り紙がふつうに100均で大量に手に入る世の中になっても好きなもののありがたみって減らない。そういうものが、これからもみつかるといい。ここを読んでくれているひとにも、みつかるといい。

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【雑記】どうせ誰も知らない。

周囲からすっごい徳のある人・温厚に思われてる人が実は顔に出さない(出ない)だけで、ひそかに愛するひとが悲しんでるの目の当たりにして虫も殺さないような顔+穏やかな声で「ぶっころしてこようか」って優しくささやくの只今の性癖。そればかりでなく敬語でよくない?「亡き者にしてまいりましょうか」って。は〜。周囲には関係を隠しながら、むしろ「あの2人は絶対ないわー」みたいな距離感のある2人が実は裏でつながってるとか良くない?「ちょ、やめろよ……ばれたらどうすうんだよ」みたいな時に「どうせ誰も知らない」みたいに、いつもは心配性なやつがさー、そんっな時だけ強気な大胆くんになってまったく年上おちょくるのもたいがいにしろよ、あっバカやめ……的な。

きれいな日本語にしたいんだけど暑さで体力続かずまいってる。作文って体力ですよ。何をするにも体が資本ですよ。て言いながら運動しなーい。外に出たくなーい。やりたいことしかしなーい。そして朽ち果てるー。

暑いと思い出すのが長野まゆみの「サマー・キャンプ」って小説だけど、温暖化っぽいの、夏ならではの腐りゆく感じとか漂ってたなあって思うけど気の所為かな……。記憶なんてあてにならない。人間ってさ、なんでもかんでも「われがわれが」でしょう。「人の手が〜」「昔ながらの〜」みたいなの、そうじゃないとこにまで持ち込むのいい加減やめよう?AIでいいんだってー。人間に不向きなことをさ、わざわざ領域守らなくたって。それって伝統とか人間らしさとか大切にしてることに必ずしもならんからな?むしろさ、費やさなくていいところに、こんな、せいざい百年の命をさ、費やそうとかさ、愚の骨頂。人間ちゃんがつくった機械ちゃんを信じようぜ。人間のほうがよっぽど信用ならんよ。機械の壊れる頻度と人間の精神や判断力の鈍る程度って後者のがやべーに決まってんじゃん、機械化迫害するのやめようぜほんと。とか喋りながらクーラーをピッとな。

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