【雑記】伝われ伝われ

伝われ伝われってタイプは、詩や小説にならないと思うなあ。なんだろ、音楽とかイラスト?文字書きは卑屈なとこある。さも一般論みたいに言ったけど自分がそう思ってた時期があってだな。イラストいいなあ、歌いいなあって。けど自分はそっちじゃないこと分かってて、まあだからMMDとか動画作成って文字書きに与えられた表現のチャンスなんですけどね別の話で。

でも。文字は武器だなあって心から思うことがあって、まあかと言って何かインパクトでかい出来事があったわけじゃないんだけど、じわじわと武器だなっていう。それは、書かなくてもいいってところなんですね。いや、むしろ書かないところにこそってやつで。たとえばすっごい美少女を登場させたい時にさ。美少年でも良いんだけど。

はい、ここ。

いま「すっごい美少女」「美少年」って言った時、どんなイメージ思い浮かべました?

ってことなんですよね。

絵で表現しようと思ったら、描かなきゃいけないでしょう。髪の色、瞳の色、輪郭。人によっては「あんまり美少女じゃない」「おれの知ってる◯◯のほうが美少女」ってなるわけでしょう。ならん場合は合致したんですね。

文字は単体では完成しなくて(厳密に言えば作家の中ではちゃんと完成してる)、読んでくれた人の頭の中にある最高のものと合致することがあるんですな。

だからほんとは「◯◯な瞳」「◯◯色の髪」とか書かないほうがいいのかもしれんが、それやるとぼんやりなって「どないやねん」ってなるからそこまで引きすぎると手抜きになるっちゅうわけですな。

萌えやフェチポイントは出していったほうがいいのかもしれない。だって、もしそれが相手の心に届けば「ですよねー!」ってなってまたべつの力になるから。やっぱ一番いいのは自分が好きで楽しんでそれをやることだな。だって見てるの自分だもん。感じるのも自分だもん。
みんな「いいね」コレクタだけど、それって絶対行き詰まるよ。だって最初に見てるのは自分だもん。それを「いいね」してくれた人が「あなたの作品すきです」つってくれても、自分はその人の「このひとのここがすき、こういう部分あいしてる!」って感情を共有できることはないでしょ。「ああ、すいてもらってんなあ」で終わりで、真に満足できないでしょ。
だから、自分と他人をはかりにかけなきゃならないときは、自分を重視したほうがいい。よほどいい。そうしたほうがずっと精神が健康だ。言いたいやつには言わせておけ。そして心の中でこう思うんだ、てめーの人生生きてろよ。

これ前提で好きなこと好き放題やって、それでも「すきです」って言ってもらえたら、あーた、これ最高じゃん?最の高でしょ。

他者優先オーディエンス優先の危険性ってここにあると思ってて、自分の本当にやりたいことや好きなことを好きだと言ってくれる他人の存在を見落とす可能性があるってことなんすよ。そして上滑りでやがて人が離れたときに「俺の人生おつ」ってなって自殺すんでしょ(極論)。

よくわからないけども。やめないからな。

結論:生きろ。

3+

【ネタ】以心伝心はむり。

もっかい
そんな体力ないよ
体力、関係ない
なくない
ない
使うの、もう、すっげ使うの
なにそれ
煙草?
態度
気に障った?
べっつに。らしくねえなと思いまして?
いんや、んなこたないよ。
んなことあるよ。
花火、
行く行く。
いや、そうじゃなくて。
え?
しに来る?
え?
来る?
ええ?
うち。
えええ?
なにそれ変なこと言った?
いや、まとも。すっげまとも。
来ないの?
行きます。
線香花火でいい?
え、あ、はい。
なんで敬語。
おう。
違和感。
許せ。
むり。
あ、休み時間。
終わるよ。
言わせねー。
あー褒めなきゃよかったー。
なに?
おまえのこと褒めなきゃよかったー。
ええー?
そしたらこんなことなってなかったのにー。
後悔?
今更?
おまえが先に。
うれしいってことだよ。

(夜は先生と花火!)

っていう秘密のカップルなど。

0

【雑記】ずっと謎

ずーっとひとりで書いてた。

あれは、小学校2年か3年の頃だ。サンリオキャラクターの鍵付き日記帳を買ってもらって、そこに1日も欠かさずその日の出来事を書いてた。5年生くらいまで。そこからインターネットと出会って、メルマガ→サイト→ブログって流れになっていったんだけど。

この小2〜3のころの、日記帳って、自分、何を思って書いてたんだろうな、って。

宿題でもないし、発表するものでもない。誰かに見せるのでもなく、自分が読み返すためでもない。

記録?その頃記録って概念あったかな?記録って概念は大人特有のものでは。知らぬが。

無心だったと思う。

「きつい」「やめたい」とかぜんっぜん考えてなかったし、かと言って「たのしい」「すき」でもなかったの。無だった。無。無。潔く無。

無って、すごいなあ。今、無で取り組んでることって、あまりないもんな。いや、あるか。ここか。誰に見せるでもない、自分はたまに読み返すかな、好きでも嫌いでもない、まあ好きって言ったら好きになるのかな?

あ、そうだ、

好きかときかれたらそうでもない。

ってやつの最強なところって、嫌いになったり飽きることがないってところなんだよなー。将来のことは分からんが。いつか、ふっと、離れていくのかもしれないけど、そのときも「嫌いだ」ってわけで離れるのではないように思う。

だから、人や生き物に対しても「好き好き」っていうのより、「あれ、いたんだ?」ってくらいの命を大切にするなどすればいいのかなって思う。だって好きなものはいつか嫌いになりそうじゃん?めんどくさがりの極み。

だから、目標とか夢って、あんまり挙げないほうがいいのかもなってふうにも思う。小さい子はさ、「こうなりたい!」って目をキラキラさせるじゃん、たまに。そして大人も喜ぶじゃん。ああいうの、「ああ〜・・・」って思う。ことも、ある。たまに。その勢いで向かって行ったらもったいないなあ。と。これがね、俗にいう石橋を叩いて壊す戦法なのかもね。わたしはあまりよくない大人である。

いかに長く、いかに末永くともにあるかが大切であって、一瞬のアバンチュールに胸を焦がすものではないというふうに思う。あれだ、ウォーレン・バフェットかな?

向き不向きなんだろうね。もうそれでいいんだよね。まとまるんだろうね、それが一番。

デイトレードが得意なひととバフェットタイプ、どちらも成功者がいることからも、絶対ってないから、逆に言えば絶対失敗ってものもないわけでしょう。

つまり?

結論:みんなちがってみんないい。

すでにある言葉。

いやほんとそう。まじだ。

2+

【雑記】一期一会のゆくえ。

昨日の投稿数たくさんあるなあ。

ふと思ったんだけどインターネットもいつかなくなるかな?って。今なんでもインターネット上にあって、その上でアプリやメディアが増えたり減ったり消えたり生まれたりを繰り返して、この基盤(インターネット)がなくなることってないみたいに思うけど、ていうかそもそも思いもしないけど、それくらいインターネット浸透しすぎてるけど、それもいつかなくなるかなって考えてゾッとしたと同時にあらたなユートピア見えた気がする(錯覚)。

新しいインフラはどんなふうなんだろうなー。生きてる間にインターネットの「次」に出会う日ってくるかな?どんなだろ。しらんけど。ブログオワコンと言われてひさしいですが、なんだろうなSNS隆盛ってとこかな?でもやっぱりブログのほうが使い勝手よくてこっちがいい、って部分もあると思う。ここもWordPressだけど、まあ、ブログみたいなもんだしな。SNSながめてると「あ、そっか。」「なるほど、なるほど。」っていうのはたっくさんあってほんとキラキラしてるなあと思う。いいと思う。でもそっちでできないことと、こっちでしかできないことと、掛け合わせるともっといいことってあると思う。とか考えてたけど、そもそもインターネットって隙が多すぎませんか。セキュリティ未熟すぎませんか。いたちごっこかな?でもいたちごっこにビジネス生まれるから必要悪とは違うかもしれないけど、脆弱って理由で消えたりはしないよなー、と思うんだけど、さっそうと消えて、あたらしいものに、取って代わられるのかもしれないな。そして予兆はたぶんある。それを感じず、察知できなかったひとが、「こんなもの!」って、ニューカマーをディスるようになって逆にマイノリティになってて時代遅れだなおっさんって言われて世の中に反旗を翻す力もなくってひねくれてくのかな。私さっきから適当にものを言ってるわけだが。

◯◯が好きな人が元気でいることをSNSで知って「ふむふむ今日も元気でいるな」と遠くから眺めるパトロンみたいな気持ちで眺めてたのが疎遠になって、ある日ふとのぞいてみたら「今日でやめます」発言しててね、パトロンおじさんもう、ふああ・・・となった。そうだよね契約してないしいつでもいなくなるんだよね、誰も責められないんだよね、悲しいですとかありがとうございますとかまた機会があれば〜みたいな挨拶でしめくくるしかないんだもんね。そういうの当たり前だけどすっごくさみしいなあって思った。

さも親しい人やすっげ応援してた人が去った後の腑抜けみたいな発言してるけどまじで接点も共通点もなくて、精神的支えですらない、ふと「どうしてるかな?」レベルで気にかけてみた人がフッと消えることすらこんなに切ないのだから、もう大好きで大好きでたまらない人とか、このひとのこれが好き!って人が突然フッと消えてしまったら本当にどう思うんだろうなあああ?!!?

と考えた次第ですよ。ええ。

でもみんな、それもこれもインターネットという遥かなる大地の上で行われている観劇であるからして、そもそもその基盤が消えてしまったらどうするんだろう。どこ行くんだろう。

流行りの(?)ピア・ツー・ピアかな。
「インターネット?ふふ、いつの時代のシステムですかそれ(確信犯)?」っていう少年が直接脳内にコネクトしてくるやつかな。

でも、まあ、考えてもわからんから考えんどこ。

追記。

なんか考えれば考えるほど「生身」であることの破壊力すごいなって。人間すごいわ。うーん、でも生身は無力だ。でも原点だ。ツールもインフラもなんもかんも、増大させてるだけ。生身は祖だから叶うはずはないのね。でもやっぱりそれが原因で滅ぶひともいる。

うん。やっぱわからん。

結論:わからん。

2+

【雑記】終わりの始まりの最後の夏

平成がテーマになることが増えると思います。わたしが書くものも。書店に並ぶものや、ネットに流れる記事も。特に最近そう思います。こんな平和なまま終わる時代は初めてでは?(まだ終わってない)。平和だったって言ったら怒る立場の人たくさんいるかな。とりあえず国民総平成ロスに陥ると思います。みんな。終わりができるってことはパッケージ化に他ならない。獰猛に見えた野生動物も檻に入ったら餌をあげたくなるように、いろんなふうに名前をつけて呼ぶようになるんだと思う。一区切りつくということは一旦俯瞰できるということで、そうするとどんなに大きく見えたものもスケールが把握できるから「かわいい」の対象になると思う。元来、時代とはかわいいものです。かわいいと思うことで塗りつぶしながら乗り越えていくものです。たくさん歪曲されて形を変えていくと思う。みんなの精神、感受性、自分だけのものだと思っているもの、すべてちゃんと毒されていくと思う。洗脳は簡単なので。口にすることがはばかられるものは、ぜんぶ詩や絵や歌にすべきと思う。出せる形で出していけばいいんだ。それをやめないことが死ぬまで続けなくちゃいけないことで、それ以外はおまけで、人はそのために生まれてきたと思う。

1+

【雑記】根も葉も火もなくても噂なんて立つよ。

脱線だらけのコラムっぽい雑記。

部屋がですね、35度あるんですね、いま温度計みたらさ、部屋の温度がですね。パソコン壊れてしまわないかな。人体は復活しそうだけど、電子機器が壊れると痛いな。嫌だな。だって35度あるからね。でもすっごく集中しているので平気でいるわけです。人間の集中力ってすごいなーっと思う。気づいたらその時点でクソ暑いな!知らぬが仏とはこのことだ!

税金を払いたくなくて払いたくなくて「今まで!国が!私に!なんかしてくれたか?!」と思って振り返ってみたら人生でめっちゃいろいろしてくれてたから(主に失業保険)、善意ってすぐ忘れられるんだと思う。まあ国の施策は善意ちゃいますけど。なので、嫌な思い出や復讐心ばかり残るんだと思う。その観点から活用したいのは何クソ精神です。(いや、そんなことないよ。)って思うということ。臥薪嘗胆の芽。

人は、否定をするでしょう。基本、コミュニケーションって否定でしょう。「いや、それはね」「私はね」「俺はね」っていうやり取りでしょう。だけど、否定は否定って形であらわれてこないのね。ほんと親切なだけだから。生まれつきかってくらい。「そんな生き方でだいじょうぶ?」「こっちの道が安全だよ、幸せだよ、こっちがいいよ」って、何の根拠もないのに、言うのね。平気で。悪徳勧誘かよって。だっていつも思うのは、あなたの根拠ってあなた1人の人生でしかないでしょ?ってやつなのね。その、経験則も、教訓も、あなたを通した、あなた1人だけを通した、応用力も再現性もないものでしょ。であるから、たいして意味ないのね。ほんとに。「こうしたほうがいいよ」「あれはしないほうが」っていう助言なんて。なんていうか裏付け少なすぎるし。まあ、しかし、裏付けがあればいいって話でもないし、他人の忠告なんてちくわの耳でいいんですよ、ちくわで。簡単でしょ。顔は、そうだな、一応それっぽく聞いてるっぽくしたほうがいいかもしらないけど。まあ大抵表情には出てるからね、「こいつ聞いてねーな」って思われといたほうがラクってのはあると思うんだ実際。

誰でも、ふと(貴様……なにいってやがる……?)と思うことってあるでしょう。どんなに冷静なひとでも。それは絶対にさ、忘れないほうがいいよ。なにくそって思う部分って、あなたがひそかに負けたくない部分であって、っていうか、たぶん勝てる見込みがあるのね。だからなにくそって思うのね。たとえばさ、誰かの行動を見てイライラすることがあったとするじゃん。(あー、そうじゃないのに。)って。そういう時ってさ(なんかイライラしてるな。いっけない、いっけない☆)じゃなくて、それで終わらせるんじゃなくて、(ちょっと待て、なんで自分はイライラするんだ?)って考えてみると分かるのね。たぶんそれを、あなたは、その人よりうまくできるから、もっと上手なやり方を知っているから、イライラしてんだよ。なので、あー、これっておかしい。それってもっとどうにかなるじゃん?ってささくれた気持ちになったときは「おっ?」って触覚を立てるといいと思うんだ。

34.8度ですね。
集中してたね。

あと、忙しいからってとっても幸せな言い訳であったりするんだね。忙しくするのって、したいしたいと言ってることを本当は行動にうつせない自分をカモフラージュできるからだよね。だってほんとにしたいなら時間とかつくるもん。他のこと捨てていけるはずだもん。それをしないのに、できないのに、「あー休みがとれたら◯◯したい」って、あなた、それは嘘ですよ。休みなんてつくれるし、それができないなら寝る時間くらい削るし、そもそも「したい」って言う前に動いてるはずなんですよ。宣言とかいらねーし。気づいたら「あ、やってた」。ってくらい自然にフォーカスしてるものがあなたの本当にしたいことで、だから、「したい」って言ってることってほんとは「したくない」こと。だよ。したいって言うの免罪符にしてるんだよ。よっしゃ今日も「したい」って口にしたぞ、私それがしたいぞ、再認識したよ、おっけー、って思って安心してるんでしょ。本当にしたいことはあなたがすでにやっていることだよ、だから、正確には、厳密には、「したい」って概念はそもそもないのかもな。したいことは、してること。したいって口にすることは、これからも、たぶんしないこと。

だけど「したい」星人がどれだけ多いことか。私もであるけど。この星人で厄介な亜種は、他人の足を引っ張る属性を持ってるやつですな。「したい」が「したくない」の変化があることは知っていて、意識していて、その上で「もうやってる」人が羨ましくて妬ましくてジャマをするのね。邪魔って言っても邪魔邪魔しい感じでは露呈させないよ、嫌われたいわけではないので。なので、親切を装うのね。話は少し戻って、「こっちがいいよ」「やめたほうがいいよ」って言葉になるのね。だから他人のアドバイスなんて、それが優しさだろうがなんだろうが、違うなら(違う。)って思ってりゃいいし、いらっときたら(うっせバーカてめーは自分の人生だけ生きてろよ)でいいんですよ。そういう、なんていうかな、ナイフをね、捨てないでほしい。まるまるした心とか魅力ないんですよ。まるまると、ほんと裕福そうに太りやがって。

嫌いな人を嫌いな理由を。腹が立つものに腹を立てる理由を。こんなの汚い、自分はちっちゃい人間だ、で戒めるのではなく、どうしたんだい?って人格くらい数個に分裂させて質問してみようではないか?

そして税金を払いたくないなーって思ったんですね。でも一周回って税金、払ってもいいかなって心情に変化があったんですね。国は敵!でも人間は敵じゃない……と気づいた生き物のようにです。ええ。

言い伝えられてきたこととか、慣習とか、圧力とか、常識とか、いろんなものがこれからあなたを飲み込もうとすると思う。元号が変わって、古きが倒れて、新しいものが生まれても、暗い波がひたひたついてくるんだと思う。正攻法でなくて、心の中で
「くそが」って思うだけでもずいぶん違うと思う。思春期かよってなじられたら「そうだね、へへ」つって内心「くそが」。これだけでずいぶん違うと思う、あなたの本心はあなたのこと「うむ、こいつ、わかってるな」って思うと思う。つまり、大切なのは自分との信頼関係なんですよ。他人って言うほど考えちゃいないですからね、あなたのことやらなんやら。善意悪意じゃなくてキャパの問題なんだよ、たぶん、ひとりひとり自分の親になり子になるしかないんだと思うなー。

35度。

暑いな。

集中力の唐突な終焉。ザ・クライマックス。

2+

【らくがき】アサガオが咲いても。

かんたんな人物紹介
「おれ」=ギン。研究者。
「リー」=ギンが小学生の頃から同居してる吸血鬼。

✳︎

徹夜明けの弱い頭でおれなりに考えた。そもそもこういう考えをすること自体おかしいのだが、どうにか振り向かせられないかと考えたのだ。考えは論理的でなく、本心から実現を望んでないのじゃないかとさえ思われた。 いつかのことを考えればおれが有利であることには変わりない。

おれが小さいころから同居している吸血鬼も、

「そんな目で見ないでくれる?おれのこと好きで好きでたまらないって顔してる」。

こんなくだらない暗示にかかることがあるんだろうか?

正直に生きなきゃならないのは、有限であるおれのほうなのに。人間は、たぶん、有限だから終わりを意識して立ち止まったりするんだろう。足踏みしたり、うずくまっては、差し出される手の数をむなしく数えたりするんだろう。競うべきじゃないものを、他人と競ったり、するんだろう。

「む、何か言ったか」。
手元の書物に落とされていた視線が、訝しそうにおれを見る。山形県産佐藤錦かな?って目が。
「なにも」。
「そうか」。
納得したようにふたたび視線を落としたリーが、やがて落ち着かない様子で顔を上げた。
「私いま、何か大切なことを聞き逃した気がする」。
「いや、どうだろ。気のせいじゃないかな」。
「ギン、私をだましているか?」。
「何のためだよ」。
「たとえば私を自分の思い通りにするためなど」。
飛沫が上がる音がして、おれは飲みかけのお酒を噴き出していたことに気づく。飲んでたのかよ。
「いやあ、びっくりした。自分の本心に気づいた時の次くらいにびっくりしたね」。
「何だと?」。
「ちょっとおいで、リー」。
「取って食う気か?」。
「めっそうもない。来い」。
リーは読みかけの本にやたらゆっくりしおりを挟んで、さらにゆっくり閉じたあとでおれのところまで歩いて来た。のろのろ動いているのでこっちから腕を引いて座らせると、ばふっともたれかかった。
「ドキッとした」。
「またまた。そんな心臓ねえくせに」。
指も首もどこもかしこも冷たいんだなあ。
酔い覚まし、とか意味もなく言い訳じみたことを呟きながら、ここで死にたいなあ、とか受け答えに困るようなこともあわせて呟いてみる。困らせて困る相手でもないからあとはこっちのプライドの問題。だけどそれも寝不足と酔いでリミットなしという状態。まぶたを上げるとベランダのプランターが視界に入って来た。
「あっ」。
朝顔が、咲いている。
何かを育ててみたいと言いだしたリーと一緒に、週末ホームセンターで種を買って来たんだった。
なるほど、こんな色だったのか。
「どうしたのだ?」。
でも今教えたら、ほんとうか?とか言って立ち上がって見に行っちゃうんだろうなあ。
容易に想像がつくので、言わない。
「どうもしない」。
「夢でも見たのか」。
「そうかもな」。
「そうかもなとは何事だ。自分のことだろう」。
ごちゃごちゃうるさいなあ、と額をこすりつけているとやがてリーはおとなしくなった。
いま、どんな顔でおれを受け止めてるんだろう。
硬い胸に耳を寄せてみるけど、ずっと前に止まった鼓動はもう聞こえない。
「あっ」。
リーの口から小さくこぼれる。嬉しいと驚きの混ざった声。
さて、どうするか。
…。
…うん。よし。えらい。
あんなに咲くのを楽しみにしていた朝顔に気づいても立ち上がらなかったこいつに今日は、うん、今日という今日こそは、好きなだけ好きなものを飲ませてやろう。

2+

【らくがき】食わず嫌いと性癖

坂の上の雑貨店の窓辺に飾られていたものを「どうしても欲しい」とリーが言うので購入してやったものだった。売り物ではなかったのに。色のついた液体を入れるとかわいいんですよ。オレンジジュースだと、黄昏時みたいになります。アトリエの店主(たぶん)はそう言って、グラスの絵柄のひとつを指さした。その先に小舟が浮いている。「トマトジュースもいいですね。夕暮れをうつす水面を、この船が、すーっとすべるので」。へえ、と言いながらおれは早速べつのことを考えようとして、視界に入ったリーに驚愕する。なんとキラキラした眼差しで見るんだ。まぶしいほどだった。おれは考えようとしていたことを忘れて店主の語りに意識を戻す。

「でも、一番いいのは牛乳ですね」「牛乳?」「夢のようなミルキーウェイ!この船に乗って星空を旅しちゃってください」「あいわかった、旅しちゃう」「素敵だと思います」「まったくだ。早く帰ろう、ギン。旅しちゃいたい」。

何がツボにはまったのかリーは、帰り道もずっと「あいわかった」と言いながらグラスの入った紙袋をぶんぶん回し続けていた。

帰宅後、牛乳をなみなみ注いだグラスを前に、リーの眉間にシワが寄っていた。
おれは笑いを噛み殺して、「きれいなお顔が台無しですよ」。などと皮肉を言う。
「ギン。私、今になって思い出したんだが」。
「うん」。
「牛乳、きらいだった。あんな、大きな生き物が出す乳など」。
「血とか飲むくせに。いけるって、ぐいっと、ね、ぐいーっと」。
「でもちょっと生臭い」。
「え、血とかイケるのに」。
「うん、むり」。

その夜、リーは雑貨店からの帰り道とは別人のように落ち込んでいた。
「まあ、そう落ち込むなって」。
「私は牛乳が飲めない」。
「いや、そんなことくらいで」。
「そんなこと」。
「うん。飲めないものがあるやつなんていっぱいいるよ?」。
おれとしては慰めたつもりだったがリーは長いため息をついた。
「ギンは分かっていない。私が、ただ、牛乳を飲めないことを悲しんでいると思っているのだろう?」。
「違うの?」。
「私は牛乳を飲めなかったんじゃない。飲むことを楽しみにしていた夢のミルキーウェイを飲めなかったんだ」。
「いや、牛乳」。
「いいや、ミルキーウェイだ。もうこの話はしたくない。寝る」。
そう言うとリーはベッドにぽすっと倒れ込んで本当にそのまま眠ってしまった。
「かわい、…くないねえ」。
おっと、あぶない。つい本音と建前が混在するところだった。

おれはベッドに腰をおろしてしばらくその寝顔をつついたり、銀色の髪を束ねてつくった筆で円を描いたりしていたけれど、飽きて、そのまま一緒に眠ることにした。

なにが夢のミルキーウェイだ、そうつぶやきながらおれだけがさわれるプラチナブロンドで首を絞められて遊んだりした。

2+

【雑記】意外と5ヶ月経過してた

ツイッタアカウント消しました。コンタクトとってくださった方ありがとうございました。
しかしツイッタアカウントの退会申請後の30日猶予期間ってもっと短くならんかな。キャッシュでうっかりログインしてしまって「はい、やり直し〜」ってなるの、つら・・・。
また1から積み立て直しかよー、ってなって天使のような悪魔の笑顔でしょ・・・。

創作展開はしばらくはここだけに専念します。つまり元通りです。

あ、今日で平成最後の5月が終了ですね。
そしたら平成最後の6月が始まりますよ。
そして平成最後の夏が来て去ります。
秋が来て去ります。
冬が来て春が来て新しい元号になります。
せつなすぎて精神がもたない気がする。知らんけど。

そういうひとのために西暦があると思う。

平成が終わっても西暦は残る。
平成が「ばいばい」と言っても西暦は依然として2018、2019、2020…と続けていってくれる。
なんという恩寵だろうね、ジーザス。

2+

【雑記】バターはきみどり

深夜2時に怒りに似た何かのせいで目が覚めてしまったんですが、こんな時間にも走る車があると夢しかない。

しばらく眠くなるまで文字を書いておこうと思うんですが、アボカドって美味しいよね。あれは、さ、そもそも何か?果物なのか野菜なのか。そう思って調べたら果物だそうだ。これは結構意外で「あ、そうなの?」ってなるくらい。でも一度知ったら「うん、そう」ってなるから人間は汚いと思う。

なんでアボカドがあんなおしゃれな感じかって思ってて、だけど嘘だよ。私は、あれは嘘つきが食べるものだと思っている。食べたらわかるんだけど、まろやかなのね。もったり、まろやか。森のバターと呼ばれることもある、つまりバターなんだよ。アボカドをサラダにのっけて食べるひとは本当はバターをごろっとのせて食べたいんだけどもそれじゃ周囲から何言われるか分からないからとりあえずアボカドのっけてみっかって魂胆でしょ?知ってるんだから。だって美味しいもんなアボカド。アボカド大好き。

アボカドと生ハムはサラダの鉄板だよね。なんならもうサラダとか要らないから。野菜部分ぶっちゃけなくてもいいから。じゃあもう単体でいいんじゃね?ってなるでしょう?そうなんだよ。自分に素直に生きたい。

誰も傷つけずまろやかに生きていきたい。ホラーコミックみたいに。芸人みたいに。どんなぐさぐさ刺したり見下すようなツッコミしてても演技じゃん?イミテーションじゃん?その先には「楽しませたい」があるのでしょ?絶叫マシーンもそうだよ。その身なりから想像もつかなくて人を恐怖に陥れたりもするけどやはりそこには楽しんでほしいなっていう思いやりがあるのでしょう。そういうことだと思うんだ。

みんながそれぞれ、持てる能力をのびのびさせて、頑張らないでも発揮できる部分で、広く社会に貢献できたらいけたらなって思ってる。そんな未来になってほしい。いや、そんな今になってほしい。

おわり

2+
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