雑記

なんでも書きます。何気に一番人気あるカテゴリー。

4+

【雑記】ひさびさにPCから更新してみる

ブログのリンクが突然切れたりドメイン変更したり一時的にごちゃごちゃなったけど記事下のハートマークがクリックされていてうれしい。分析ツールなど付けていないので、あれを応答とみなしている。ハートマークはワンクリックで「読んだよ」を伝えられるとっても便利なツールだから押してごらん!

いろんなものに手を伸ばしてはすぐ潰したり逃げ去ったり別人のようなことをしているけど戻ってくる場所はいつもここなので収益とか採算度外視は当たり前の純粋な思いの向く先であって欲しいと思っているし、そうしていく。

もうね、紫の上なんだよ。光源氏にとっての。何かいいもん見つけたら絶対いつかここに上澄み持ってきて還元するんだっていうのが裏モチベーションなので秘密基地みたいな、だけど入りたいひとがいてくれるのだったらいつでも入ってきてくれていい。鍵はかかっていない。だからってこまめに返事もしないけど。拒んでいるわけではなくて勝手にふらふらしていってくれれば良い。見える人にだけ見えるランドマークになりたい。拡散する気はないけどでもまったく読まれないのは嫌だ。

ちょう我儘だよ、ちょう。
ここがあるからいろいろ平気で殺さずに済んでるっていうのはある。ずっと。あった。

なんだか今日は切実ですな。たぶん秋のせいだ。

ワードプレス勉強してるけど奥深いなあ…。どんどん「ああいうこともできる」「こういうこともできる」ってなってってインプット収集ついてない感じで辛い。今日も朝8時から14時間くらいPCさわってる。気づけば一日2食。これこれ。この病的になってくかんじヒャッハー。

そしていつもはスマホから更新だけど今日はひさびさにPCキーボードにて操作。手の動きとても楽になって手術前のスピード取り戻してるから脳味噌と肉体ほんとすごいと思う。神様マジすげーいるって思う(単純)。でもこの考え方のまま欲深くなるんじゃなくてまた別の何かが欠けた時に「ああ、これはあの時の回復の代償だな。了解した。もう十分です」ってなりそうな自分が頼りなくていやだ。「なんでだよおおお!」って憤怒できる人になりたい。それはそれで大変かもしれないが。

チョコレート・パニックシリーズ書いていた頃がいっちばん手が動いていてピークだったからもうその頃の快適な速度には戻らんだろうと思ってたけど今また同程度まで持ち直してるからほんと日本の医療すごいと思いましたまる。それを思うとさ、スポーツ選手とか老人とかさ「もともとできていたことができなくなる」ってのはすごい苦痛で絶望だよね。回復にお金と時間を費やすべきなのかどうかって誰にも分らないから悩むところだよね。自分のやり方あってんのか、とか。これは最適な選択肢じゃないんじゃないか、とか。寺田寅彦が「健康な人には病気になるという心配があるが病人には回復するという楽しみがある。」と言ってて、なるほどそれはそうだって納得したけど、その楽しみが必ずすべての病人に与えられるものでもないって考え出すと止まらなくなって考えがユニバースなって秋の夜長つらい。

打ち切り。

4+

【雑記】抜粋集メーカーでプチ応用

昨日の記事では抜粋集メーカーというツールを使い、先月書いた詩の抜粋集を作りしたが、↑こういうのもアリじゃないかな?

何をしているかとうと「抜粋」ではなくて、小説をまるごと入れ込んじゃうの。

と言ってもさすがに見やすさって観点から分量に限度かあるだかろうから、ごく短いものか、もしくは「この部分があればストーリーの骨子はつかめだろう」って部分はあらかじめ作成者が抜粋して。「掴ませる」読み方もおもしろいのかなあって思ったり。意図いたものと別の解釈とらえられたりしたらそれはそれで面白いと思う。私の書くやつは起承転結はっきりしてないからやりやすいのかな…。きっちりしてるとかえって意味わかんなくなるか。

なんだっけな、どこかで読だんだと思うんだけど、バラバラに並んでいるものでもある程度の長さまでなら人は推測して繋げられるよというやつ。誤字脱字があっても頭の中で自動修正できちゃうでしょ。「あー、こう書きたかったんだろうな」って。ここまでにわざと5か所で脱字をやってるんだけど補正してるでしょ。それの短編小説版みたいなの。

あんまわかんないと、もどかしかったりイライラするかな。人によるんだろう。

1+

【雑記】八月の詩抜粋集

抜粋集メーカーというツールを使わせてもらって、先月書いた詩で適当な抜粋集作ってみました✨

抜粋したい箇所をいくつかフォームに入れるだけで、フォントやレイアウト配置はツールが勝手にしてくれます。

そんなツール。

3+

【雑記】好きは麻薬

好きなもののために好きでないもの、もっと言えば嫌いなものを頑張れるのなら、乗り越えられるのなら、やっぱり好きなことはあった方が良い。

それは意味づけをしてくれる。
なんでこんなこと。なんで自分だけ。
そう思う出来事があったりしてテンションが上がらなくても、「でも巡り巡って好きなことのためだから」と思えるんなら。

細かいこと考えずこじつけで良い。最終的には「お前が可愛くないおかげであいつが余計可愛い」みたいな、そのね、相変わらず例えが分かりづらいだろうが、嫌なことも好きなことの引き立て役としてなら受け入れられるかも知れないと言うのならそれはそうするべき。

そうするとやっぱり好きなことは持っとくべきで、強い。

何をしている時が一番楽しい?
何をしていると時間が早い?
何をしているとお腹が減らない?
何をしていると眠くならない?

特別お金をかけていなくたって人と比べてどうとかじゃなくて、自分の気持ちを動かしている、そういうこと。そういうもの。

じゃあ好きなことっていつどうやって生まれるんだろう?前世から決まっていて必ず惹かれ合うもの?それもまあ浪漫かも知れないけど、私が思うに、小さい頃の記憶とか思い出がほとんどなんじゃないか。

おふくろの味、みたいなやつ。
小さい時すごく欲しかった。でも手に入らなかったもの。
小さい時すごくさみしかった。そんな自分のそばにあったもの。いてくれたもの。
小さい時感動したこと。楽しかったこと。大笑いしたこと。

なのでね、今考えてもわからないひとは小さい時のことを思い出すのも手かも知れんよ。

4+

【雑記】かわいいものがあふれるだけ

かわいいものがあふれる季節がやってきましたね🎃
そう、それは…ハロウィン!
かぼちゃのプリン、紫いものタルト、綿あめ味のキャンディー🍭
まず食べ物がいっせいにかわいくなる。
そして、オレンジと紫と黒といった毒々しいカラーリングで街やお店のディスプレイがかわいくなる。
化粧品あまり興味がないので知らないけれどハロウィン限定コスメとか出るのかな?2か月後にクリスマスが控えてるからあんま大々的にはしないのかな?わからないけども。
おどろおどろしくて微かに残酷な香りがするけれどもポップで吸血鬼とかちょうかわいい(?)
アシュユリかー、はまってたなー🕷🕯💉
唐突に思い出す過去の推しカプ。今見たらまた違った視点で楽しめるものがいろいろあるかもしれなくて何がしたいかというと絵文字を使いたいだけなんです💖🎩

ポップ度あがるなー。軽いなー。

脈絡からの解放🎭

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【雑記】見たいものしか見ていない

迷っている時、何か探し物をしている時。欲しいもの、なりたいこと、本当はもう決まっている。理由と確証さがしをしている。同じことを支持している人の言葉。(よし、大丈夫だ)。賛同を得ている。(うん、やっぱりこれに決めよう)。

後押しが必要なんだ。だから、迷ってる人を後押しできるのは「いいね」「がんばって」「応援してるよ」じゃなくて、「私もそうだったよ」「同じだったから分かるよ」なんだと思う。体験者。実践済み。
だから人のためになるには自分が体感しておかないといけないし、どんな人のどんな悩み事に遭遇するかわからない、誰を助けたくて励ましたくなるか未定、なので自分がコツコツ経験値を貯めたりやってみるべきだけど、失敗や恥ずかしかったことも経験のうちに入るから、そういう話は取っとくといい。誰かにとって親身になれたり、聞いてもらえるアドバイスができるから。

ただ一点問題なのはこういう話をしているとむず痒くなることで、そんなこといちいち考えて動かなくていいという結論に落ち着くこと。

だとしてもやっぱり自分を優先させて動いた結果が誰かにとっての聞きたい話になったりもして、ほんと何が役立つか分からない。そうであるから、何か役立つかもよ。まだ見つけていないだけ。出会っていないだけ。で、あったりする。

あと、「がんばれ」「応援してるよ」って言葉に「いやいや、もう十分頑張ってるから」とか思わないでしょ。その言葉の前には「こんなことしか言えなくて、力になれないけど」って付いてる。言い方次第、状況によるし、というかざっくりその人によるんだろうけど、「がんばれ」を自重する風潮(意外とそんなものはないのかも知れないけど)、かえって違和感を覚えるのは自分だけだろうか。んー、というか「がんばれ」って言われたくないなら何が必要か明らかにしておくと実質的に求めた支援が受けられるかも。それも面倒臭いかままならないなら「ありがとう」って言えばいいんじゃない。まあ、ありがとうって、私は素直にそんな気持ちになれないけど(最後で自論をぶち壊す)。おまえがこの立場になってみろよ簡単に言いやがってよー、くらいには思うかも。最低だ!

1+

【雑記】あそびごと

wordpress慣れてきた。

久々に自分のブログ見たら「白いな?!」ってなったので(まあそれが狙いではあるんだが🙄)、たまに色味があったら良いかもと思って絵文字プラグイン入れてみた😍✨これ。

基本的にサイトやブログにおいては「活字以外に表現を頼るとは何事か!」「絵文字~?あまったれんな!」って厳しく考えてたとこがあって、好きじゃなかったんだけど、まあ、これも楽しいかなと思って…。

🌎🍇🍮🙃😘🍑🍆🏀⛳💎🇧🇪

なんだよこんなに楽しいのかよ…。

ちなみに謎のルールの反動で、メールやLINEだととてもよく絵文字使う方。
よりこっちの意図に近しく伝わるって、分かってはいる。

ただ、詩や小説を書くときはそれに邪魔されたくねーんだよなあーというプライド?頑固おやじみたいのがいつまでもいる。

こんなおじさんでも自分の一部だから捨てられないんだ👼🏻🐱🍒

雑記の時は使おう。

2+

【雑記】理想と現実

さっきあげた小説は、スマホのメモに眠ってた書きかけを完成させたやつ。
メモで書いてスマホからもタブレットからもパソコンからもアップロードできる。便利な時代よの。

執筆環境(理想)
・淡色を基調とした広い部屋
・座り心地のいい椅子
・飲みたいものが好きなだけ飲める
・窓からは自然の緑が見えている

執筆環境(現実)
・ベッドの上で寝ころびながら
・扇風機の風
・窓の外を車が走っている
・飲み物は麦茶かカフェオレ

理想があるうちが花かも知れない。
そして環境はあんまり関係ないかも知れない。
むしろ満たされていないほうが良いのかも知れない、人間、欲は尽きないけれど、不足していたほうが、夢を見られる。
と、合理化をする。

質より量。

他人の書いたものにあれこれ言うより、一行でも自分で書いたほうが良い。私はその人を偉いと言う。勉強でもそうだ。一分でも手を動かしたほうが偉い。この勉強したい、あの資格とって、ああしてこうしてって言ってるよりも。何事もそうで、これは自分への戒めでもある。もちろん計画を立てることは大切だが動き出すことはもっと大事で、計画立てて満足したり計画という名の後回し精神には注意をしたいところ。だけどそんな場合でもやっぱり「計画して満足したならその程度」なんだろうな。やりたいことって「やりたい」って考える前にやってたりするし、そのエネルギーや瞬発力みたいなのはすごいと思う。すぐ行動にうつすひとってすごいな。心がけてはいるけど、それって心がけるようなことかな?と思ったりして一進一退。
まあ、頭の中でこね回してればお金もかからないし場所はとらないしエコだよね!
その層を突き破ってきたものにだけ現実に存在させてあげよう。

3+

【雑記】得意は使える

ここ数日、好きについての記事をいくつか書いた。好きは強いとか、好きなことは消えないから大丈夫とか。その見解は今のところそのままだけど、好きとよく比較されるのが「得意なこと」ではないだろうか。

好きなことと得意なことは違うとよく言われる。私もそれはいろんな人を見ていてよく思う。「あれ?この人これを極めればいけるんじゃないか?」とか、「なんでこの人ここを磨かないの?」とか。それらは他人事であるがゆえの見方かも知れないけど、本人の素質と願望が寄り添っていないことは多々ある。時としてそれは「ギャップ萌え」という新たな価値を生み出しもするが今回はその話ではなく。

服装に例えたらどうだろう。
その人が着たい服(好き)はロリータファッション。仮に。
でも、似合う服(得意)は清楚な和装。とかね。
極端だけど。

じゃあ得意な物事が当人にとってなんの利益ももたらさないの?他者からの評価以外に?ってなると、どうもそうじゃなくて、好きなことを維持したり始めるためのサポート役になってくれるんじゃないかなとは思う。メインに据えると「ちがう、そうじゃない!」ってなるけど、得意なこともやはり好きになるはずだよ。それを頼って人が集まったり、それが得意なおかげで人から褒められたりしていれば。卑屈にならない程度に。そういう才能が何か一つあれば、自分の好きを保つための材料になるんじゃないかな。好きで生きていなくても、得意でお金を稼げるのなら。そういうやり方もあるんじゃないかな。

そのやり方の良いところは、得意なことは「スキル」として客観的にとらえられるところ。得意なことはそれを好きな人にいつか抜かれる運命で、それは避けようがない。好きは最強だから、苦労も苦労じゃない。だけどそれが得意なことであったら、受け入れられるだろう。すごいな、好きには敵わないなって。だから得意はツールには向いている。すべては好きを守り、続けていくため。
なので得意なこともあればあるほどよい。

もし好きなことも得意なことも何にもないのだとしたらその劣等感で生きていけば良い。劣等感とか自虐の精神はとらえようによってはだいぶ強い。ギャグにもシリアスにもなるし、共感を得やすい。つまり自分のファンがつくれる。自分を見てくれる人がいると知ることほどの幸せはそうそうない。そこから、何か挑戦しようとかあれこれ願望が出てきたら「しめしめ」とほくそ笑むのです。

自らの手で終わらせなければ絶対どこかにはつながる。
好きになれない今のために、好きになれるかもしれない人や時代まで捨ててしまわないで欲しい。
こういう言葉はいつだった発する方のエゴであるんだけど、理由がないなら私のために生きてよ。ってやつ。

一でつまづいたからって残りの九十九を捨てちゃう?
もったいないよ。
ふざけるなと感じる。

どうせ死ぬの。だったらなおさら今を選びたいって純粋に思ってるならそれはそれで自由にすれば良いけど、もしも「本当は〇〇したいのに。」って気持ちがあるんなら、それができるまで生き延びるんだ。

死にたかったら詩の中で何回も気の済むまで死ねば良いし、殺したかったら小説の中で何人でも気の済むまで好きな方法で殺したら良い。

諦めるには若過ぎるんだよ。
関わりすぎているし。

まあ確かに君が死んだって世界は回るけど。
生きてたってどうせ回ってるんだつまり変化なし。

みんなバカ死ね地球もろとも粉々に割れちまえって罵りながらもう少し見ておこう。いつか平気になって笑えるよ。今はそんな自分を想像できなくても。いつか全部肥やしになる。卑屈も憎悪も嫉妬も羨望も落胆も敗北も不安も。貯めれば貯めるほどお得になる。
つまりマイルだな。
せっかく貯めたマイル、使いたくない?

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【雑記】好きは大丈夫

下の「好きに気づく」でも書いたけど、好きなことに関しての続き。

好きなことは自分の中で時とともに変わったりするけど、よそからの力では消せないと思う。たとえば、時間がなくなったら好きなことできなくなって忘れちゃうんじゃないか、とか。否定されたら自信がなくなって、好きなことでもやがて嫌いになっちゃうんじゃないか、とか。

そういうの全然心配しないでいいと思う。

好きなことが好きなうちは絶対消えないし消せない。もし消えたりすることがあったら、あなたは結局自分の意思でそれを好きじゃなくなったんだと思う。べつの新しい何かをもっと好きになったのかもしれないし、もう好きになり尽くしたのかもしれないけれど。とにかくあなたは自分の意思でそれを好きな自分じゃなくなったのだから、環境や周囲に責任をなすりつけるべきではない。

だから、つまり、繰り返すが、好きなものは強い。

押し込められるものじゃない。やめろって言われてやめられるものじゃない。もし一定期間それを中断したとしてもずっとどこかで考えているし、いつかはきっと、って野望抱いてる。それは幸せなことなんだよ。好きなもののために葛藤できる、なんてことは。好きなことがなければその葛藤はそもそもない。贅沢なんだよ。

命があるうちに、体や頭が自分の思い通りに動くうちに、好きなもののためになら、何だってしたほうがいい。他のことにとんと無頓着なんて最高じゃん。好きな気持ちはずっと続いたとしても、それを続けられる心身がなければ愛でようがない。健康は大事。私は自分のそういった領域を守るためなら、人間関係なんかたいして重要じゃない、はっきり言って軽視しても良いと思ってる、本当に。その人にとって、べつになくても良い程度ならばの話だけど。まあもちろん自分のしたことは自分に返ってくるよ?それを見越してまあいいやって関係ならべつに要らないのでは。べつに要らないどころじゃなくて、限りある時間を奪うという点では害悪ですらある。

愛や友情より大切なものを持っていたってべつにそれはそれでいいんだよ。ただその考えはあまり声に出して言うもんでないかもしれないけど。人間同士も効率よく繋がればいい。媒体が電子であってたとえば一生現実に対面することがなかったとしても、それはリアルになんら劣るものではない。生身だから、時間かけたから良いってもんじゃなし。もちろんそれはそれで良いこともあるんだろうけど、必ずしもそうじゃない。というところまで含めて覚えておくのが良い。

他人が色々言ってきても、その人にとってはこっちが他人事なんであって親身なわけない。その人の言ったことを鵜呑みにしたとしてなんか災いがふりかかってもその人が責任とってくれるわけでないでしょ。アドバイスしただけだもんって逃げられる立場だもん。自分以外すべてそうだよ。だったら、ハイハイって素直なふりしてさその実聞き流せばよいのだ。心の中で「うるせーおまえ俺じゃねーだろバーカ」つってな。とってもいつまでもガキ精神。顔に出ないタイプだとより良いね。私はよく顔に出てると言われるから上記の話ほとんど適用できない派。

ほら分かったでしょう。他人は無責任。

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