シリーズまとめ⇒QUARTETTO(カルテット)
だいじょうぶをいえなくて、あいしているよとささやいたぼくを、あなたは困ったように見てそれから笑ってくれた。そして話してくれた。
プールなのか海なのかが分からないんだ。手を浸す行為は何度もやってきたはずなのに、一度も馴染んだことがないんだ。いつも初めてみたいに緊張する。いや、嘘。緊張なんてしなかった。これまでは。だけどふと気になったんだ。これはいつか澱むものかな、それとも生まれ続けるものかな、って。
ぼくは相づちのかわりにあなたの髪を撫でる。そうされると安心すること、ずっと前にあなたから教えてもらったから。
もしそれがプールだとしてなにが悪いの。なにが不都合なの。
ぼくの問いかけにあなたは黙っている。たぶん考えている。自分と対話している。
きみに、嫌われるんじゃないかと。
ようやく出した答えがそれか。目頭がじんとした。なんてことを言わせてしまったんだろう。録音しておけばよかったな。
モンダイヲマチガエテイルノカモシレナイヨ。
いきなり片言になったぼくの言葉でもあなたは真剣に聞いている。
問題を?
そう。問題をまちがえていたら、正しい答えなんか出せっこないよね。あなたはぼくになんか見向きもしなかったはずだ。
いや、できなかったんだよ。
だけど今はこうして一緒にいられる。ぼくたちをむすびつけた、強い何かが、そんな錯覚のせいでだめになったりすると思う?
するかもと思っちゃう。
うーん、伝えたりなかったのかな。
ごめんね。
ぼくの落ち度だな。じゃあ今日はぼくがタルトを焼くからさ、あなたはそれを待っててよ。食べたらわかるからさ。問題をまちがえてたってことに。
うん。
今日はお店おやすみだよね。
うん。
待てるよね。
うん。
うんしか言わないとこんなにもかわいいのかよ。
わかるよ。
わかるもんか。
わかる、だってきみもそうだった。
悪い大人だ、待ってろよ。
でももう少しごろごろしてたい。
わかる。
ぼくは頭の中でレシピを考案する。ああでもない、こうでもない。それは悪くない時間だ。悪くないどころか、最高の。
ようやくふたつのタルトがおさらにのったとき、太陽は空の真ん中にある。生きている、ぼくをみている、あなたの目はうるんでいる、今になったあの日のいつかがここにある。
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お菓子作りができる会社員(年下)×喫茶店の店主(年上。創作活動もしてる)という設定。
会社員は高校時代、喫茶店の軒下で雨宿りしてる時に「入る?」とお店に入れてもらって、そんで店主にめっちゃ懐いた。コーヒーももらったし。以来ずっと好きだったけど相手にしてもらえなくてだけどアタックしまくった。店主も「うーん、未成年じゃなくなったから、もういいかな」となって心を許した(ゆるい)。
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