同じことを詩で書いても短歌で書いても小説で書いても同じなんじゃないかなって思うことがある。普通はちがうって思うでしょ。形がちがうからもう別のものだって思うでしょ。でも、なんか、おなじじゃないかなって気持ちになってきている。形って、思ったより(期待してるより)、意外と、たいしたことないのかもって。
1時間後には違うこと言い出しそうだが(よくある)。
うーん、しっくりくる説明できないですが、形のせいにしたいだけなんじゃないかな、って。
「あなたは絵が描けていいな」
「雰囲気ある写真とれていいよね」
「長編小説書けてうらやましい」
これってぜんぶ、(それができないから私には何もない)みたいな甘えがある気がする。
いやいやちがうんだ、そうじゃないんだ、と。
そういう言い方するってことはさ、それを手にしてもたぶんあなた何もしないよ。かえって言い訳できてよかったね、みたいな。
私が何かぐちぐち書いてるときってたいてい矛先は自分に向かっているので「また自虐してる」って見てもらえればいいんですが。
というのも、地元を舞台にしたエッセイみたいのを読んでた時に「この街に住んでみたい」って思ったんですよね。でもそれってすでに住んでるところで、「へえ〜こんなふうに見ている人もいたんだ〜」ってびっくりした。感心、というとちがうかな。うん、ただびっくりした。
これと同じことがあちこちで起こっててさ、たぶん「あの子いいなあ」って思っても、私はすでに「あの子」なんだよね。「あれがいいなあ」って思っても、私はすでに「あれ」を持ってるんだよね。なのに持ってないふりして「いいなあ」って言うの。持ってるのに持ってないみたいにして、持ってるのに満足できない、使いこなせていない、それを使って幸せになれない自分をだましているの。
うむ。よくないことだ。ゆゆしきことである。
結局「いいなあ」って言いたいだけじゃん。
でもそれも含めて生きていてえらいので、自分に対してもあまりトゲトゲしないようにしよう。
でもトゲトゲした要素もないと何も生まれないのでね、そこは少しはわかっている。ずっと詩を書いてきたので。