no.36

嫌いなものを増やしたくない
好きなものを減らしたくない
閉じこもって狙い撃ち
紐に育った糸を持て余し

血を浴びよう
波に乗るように
白骨に触れよう
朝を迎えるように

皮膚が伝える
ものを信じられるかを
賭けよう
言葉を飲み込んで

たとえば薬指を
賭けよう
文字は使わず
いちばんの沈黙のなかで

伝えたい
それがいけない
分かり合いたい
それを願うと壊れる

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no.36

命にかえてでも守りたいものが
僕を世界から孤立させる
言葉にすれば嘘だらけで
沈黙も味方してくれない
好意は誤解され
捨て身は敗れ去る
波は打ち砕かれながら
何度も寄せる
笑い声を内包する潮騒で
いつだって死に場所を携えて
白骨は八月の雲の色
あいかわらずどこまでも
自分にもあるものだと確認したい
何もないままどこかへ去って行きたい
姿を変えてまた生を始めよう
君の手から放たれたら夢に見た放物線

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no.35

僕は死んだ
あなたの好意のなかで

水滴に滲んだ街灯のオレンジ
ちいさな放射状に看取られ

たくさんの祖先
まだみない子孫

叶わなかった明日
ふいにした今日
懐かしがった昨日

返事をしなかった手紙
壊れたままの換気扇
干しっぱなしの洗濯物

萎んだ蕾
乾いた洗面所
買って履かないスニーカー

遺書もなく
予兆もなく
憶測も許さず

こんなにたくさんを残して
これほどの贅沢のなか
僕は死んだ
孤独なあなたの優しい好意のなか

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no.34

噴水を浴びて笑う子ども
僕にもあったな
誰かの特別だった頃が
緑に覆いきれない灼熱
このまま溶かそうとするんだ
時間を
気持ちを
隣人同士を
信じたって裏切るよ
それは裏切るよ
背中に今も傷がある
僕はそこから
流れ出したものばかりを数えて
あなたはそこから
注ぎこめるものがあることを僕に教える

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no.33

覆った目に
映り続けていたもの
塞いだ耳から
流れ込んでいたもの
鮮やかに優しい景色
ずっとやまない音楽
なだらかな曲線
打ち寄せる潮の香り
ぼくが忘れたくらいで
消えてなくなる魔法じゃない
百年より長い一年
一世紀より長い一秒を
ずっとひとりで生きてきた
きみと共にただ生きるため

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no.32

重ねた言葉を
嘘だねと一蹴される
誰がつきたくてつくもんか
近づこうとして遠ざかっただけ
あなたはいい
ぼくとは分離できる生き物だから
ばらばらで遠ざかってもいい
もっともらしい真実は装飾
知らなければよかった
なんて言うのは
惨めを通り越すほど
足掻いた後でもいい
まっすぐにとか
ひたむきにとか
そんな修飾のいらないくらい
今日と隔たる昨日と明日のはざま

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no.31

きみが、永遠に消えられない存在であることが僕にとって、何より嬉しくて、何より楽しいことなんだよ。天国と地獄と名付けた二匹の野良猫が、大事にしていた蝶々を食べてしまったこと、悪びれずに話しているあいだ、僕はとても幸せだった。産まれてすぐに死ぬみたいに。見慣れたコンビニの看板を、新しい惑星でも見ることができるよ。傷に重力はない、だからこの星から外へ持ち出すことはできない、誰も。傷の深さでしか結ばれ得なかったふたりは、あっというまに他人同士だ。いいね。きみには愛するものがいないことを、笑っていた誰かも、信じるものがないきみのことを、いつまでも見張っていた誰かも、みんな、みんな平等に退屈な星になる。見上げる者のいなくなった地球に、ときどきその影を落とすだけの。そして言ったりするのかな、見上げていた頃に戻りたいって。あんなにむげにしていた隣人はその時、何億光年も遥かなのに。悪じゃなかったさ、街灯に照らされながら、落ちぶれていくことは、ちっとも。それを知って流した涙は、もう、あっというまに塵になるけど。

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no.30

透明のドームに祈っている
きみがぼくに嫌われないよう
いつまでも嫌われませんよう

永遠と思ったのに
色褪せた人魚の涙のせいだ
流さなければよかったのに
その程度でしかないなら

ひとはぼくをして冷たいと言う
それは感じかたによるから
あなたは熱いねと言い返すか
聞こえなかったふりでやり過ごす

たったひとりのきみは特別
ぼくに不自由な概念を植え付け
そして知らないふりでやり過ごす
ずるい確信犯だ、ずるい

新しいぼくを待って
きみのきらいかたがまだ
どこをさがしても見当たらない
きっと探しかたが足りないんだ

嫌いになるために優しくしてみる
嫌いになるために嘘をついてみる
嫌いになるため、嫌いになるため
言い聞かせて今日もまた隣で見張る

わかるよね
きみもぼくもひとり
どこまでもひとり
唯一無二のひとり同士だということ

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no.29

背骨にビー玉をころがす
ネクタイの結びかたを教わり
犬の死に方について教えた
この部屋で

ぼくはきみについてたくさんの
まだ知らないことがあってまだ飽きない

もしもすべて知ったら退屈になって
まだ何も知らない相手をさがすのかな
それとも退屈の先になにかあるかしら
なにもないけど平気でいられるかしら

ぼくの知るたくさんの
いわゆる愛しあうひとびとが
そうであるように
あるいは少なくともそう見えるように

誰へ対するマナーなの
誰のためのショウなの

傷つきやすくて傷つけてばかりの
かけらばかりで出来上がった命に
きみはいつでもふれていいよ
そのせいでぼくの気はふれていいよ

こんな朝になら
こんな夜になら

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no.28

きみはぼくにのみこまれて
ぼくは狼にのみこまれて
狼はおばあさんにのみこまれて
おばあさんは毛布にのみこまれて
毛布はアップルパイのにおいにのみこまれて
アップルパイのにおいはアパートメントにのみこまれて
アパートメントはくじらにのみこまれて
くじらは街にのみこまれて
街は森にのみこまれて
森は夜にのみこまれて
夜は静けさにのみこまれて
静けさはどこまでも深い色に飲み込まれて
夢の中できみがひとりそれに青色と名づける
きみだけがそれに名前をつけられる

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