【小説】もう旅になんか出ない

生まれ変わっても、いい?

ソフトウォーカスの世界に生きている君は言った。まるで、なんだか、そうだな、料理や新しい髪型について感想を求められるような軽さだった。それでつい頷いてしまったのだ。ああいいよって。

次の日、君がいなくなった。
死亡ではなく消失。跡形もなかった。誰に説明することもできなかった。あまり詳細に語れば僕のほうが頭のおかしなやつになってしまうから。この不可解な状況よりも。これから一人で君を探さなくてはならない。

生まれ変わるのだと君は言っていたな。
ベランダでさえずる鳥を見る。こいつだろうか。水槽の魚。植木鉢の花。どれも怪しい。いや、何も僕の部屋にいることはないかもしれない。遠くに出かけてみる。僕はリュックに歯ブラシと数日分の着替えを詰めた。

すれ違う人みな怪しかった。
君が意地悪で僕を無視しているようにも思った。肌の色が異なる人。聞き取れない言語でしゃべる人。向かい合えば瞳の色だってさまざまだ。しかし、待てよ。君が僕を覚えたまま生まれ変わったとは限らない。だとしたら、僕はみんなに優しくしなければ。

それから僕は何をしたか?
懐かしい部屋に戻って、旅に出る前と変わらぬ日常を過ごしたんだ。君とはもう出会うことはないだろう。それを認めることがおそろしかった日々は今や遠い。君がいつも寝そべっていたソファはそのままだけど。

そして僕にもその時が来た。
誰も知らない物語を抱えた僕、さぞかし秘密めいた老人だったろう。いつも幸せそうで。いつも遠い目をして。かぼちゃのポタージュ。あれは、うまかった。今度君がつくってくれたら、喧嘩なんかやめてたいらげよう。

別れを惜しむ人はいないと思っていた。
かすむ視界の中に、こちらへ駆け寄ってくる子どもの姿があった。何をしていたの。どこにいたの。どうしてこんなに悲しいの。子どもは矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
答えることは、もうできない。

問われ、答えること。
それが一番の愛だった。
求め、求められることに似て。
君はやがて誰かを好きになる。
その時に言うんだ。
もう生まれ変わるなんてこりごりだと。
今が一番幸せなのだと。
そうしたら悪い魔法は見逃してくれるだろう。
どうやらみんなそうやって生きているようなんだよ。
百年生きた僕が言うんだ。
試してみる価値はあるだろう。

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