【小説】マイ・ヒーロー・イズ

大事だったものを失う気持ち良さに魅了されたら底なし沼だ。

僕はこんな大人になる予定じゃなかった。

そう言うと、計画通りの大人になった奴なんて数える程もいないさとお前は笑う。それがちっとも嫌味じゃなくって少し救われる。

家に帰ったってあいつがいるからもう少し遅らせようかな。

それ家って言えるの?
お前はどこに住んでんの?
いろんなところ。
いろんなって。
いろんなって言ったらいろんなだよ。カレーが好きでもさ同じ味付けばっかは飽きるでしょ。たまにはキーマにしたいし、グリーンにしたいし、バーモントにしたい。
バーモント。
そう、バーモント。あんたは強いて言うならハヤシライスだな。
ハヤシライスってカレーなの。
まあ、親戚。
親戚。
あんたと親戚になりたいな。もっと近づいて家族になりたい。そうだ、なろう!
寄るな気持ち悪い酔っ払い。ならねえから。じゃ。
待て待て、もう少し話そう。
嫌だね。
話してんじゃん。たとえばあの店の前に立ってる男いるじゃん。
帽子の。
違う、その隣。
ホームレス。
あれね、半年前までとある会社の役員だった男だよ。
嘘だよ。他人じゃねーか。
今はね。俺が全部奪っちゃった。
は?
だからね、あんたも俺を頼ればいいよ。たすけてヒーローって言えばいつだって参上するから。
嘘くせ。
信じる信じないはあんた次第だけど、頭の片隅にでも置いといてよ。あんたにはヒーローがついてるってこと。
どうして会ったばかりの奴にそこまでしてくれんの。
あんた俺に似てるんだ、だから、ほんとに俺かもなって思って。
何それ、頭悪いの。
あ、それ俺の口癖。
本当かよ。
本当。だから覚えていてね。本当にどうしようもなくなったら俺を呼んでね。
はいはい。
分かってんのかなあ。
分かってるって。

そして僕たちは別れた。
あれ以来、ヒーローには会っていない。
一度も呼ばなかったから。
そいつはただ平凡になって鏡の中にいるだけ。

だから今度は僕が見つけに行こう。
いつかの新しい僕に会いに行こう。

何考えてんだ、頭悪いの。