no.260

退廃にすがる郷愁。打ち捨てたものが新たに芽吹いて壁を成している。僕たちに提示されていた道はひとつひとつ静かに閉じ、この道は先細りになっている。歩くために歩いている。脇を結晶のような骨が散り落ちて行く。まともを保っていられない友人がでたらめに発言を始める。審判は惰性で烙印を押してゆく。鴇色。浅葱。群青。紫。それは遊戯にも似てまさか一生を揺るぎなく決めつけるものとは誰も気づかない。口唇に色を刷いてもらって子どものように微笑む。あれはもう駄目だ、これももう駄目だ。己を律しながらどこを目指しているのかさえ分かっていない。昨日見た夢で男が車に轢かれるのだった。汚れた犬を庇うために。しかし命までは落とさなかったのだ。傍観者たちは恩寵だと安堵したが、彼らのうち誰一人として気づいていなかったのだ。彼は犬の代理に死んでしまいたかった。他に堂々と消滅する術がないから。道路に飛散した檸檬の汁が涙を溶かす。不純だと言って。罰当たりだと言って。少しだけ脇目をした。僕は歩き続けている。どこにも留まりたくない。誰のものにもなりたくない。そのくせこんな自分がただ自分だけのものであることも恐ろしいのだ。指を詰めて解放される世の中だったなら。僕は健やかで明日もきっと美しいだろう。頬は赤く肌には張りがある。髪は黒く瞳はいつも濡れて光っている。譲ることができない。放棄することができない。どこまで分け入っても生がある。亡者が羨望の青白い目を向けてくる。振りかざすアルファベット。切り上げる特殊文字。核心はつねに隠して。引き裂くベール。贈られない手紙の嵐。一羽だけしつこく命乞いする鳩があって僕はそれには容赦がない。積み重ねてしまった爆弾をどこから切り崩せば良いのか分かっていない。もう嫌だ嫌だと思っているのに、表情は柔らかく誰にでも優しい。とっくに壊れているのだ。誰も見抜けはしなかった。横切るは褐色の肌。伸びきった前髪の間から爬虫類の体面のような瞳が覗いている。その子が現れるまでは。僕の初恋は蛇だった。そう幼いわけでもないが言葉を知らない魔性の蛇だ。