【詩】140文字つめあわせ

祈りや幸福を願う言葉を挨拶の最後に付け足すほど大人にはなれない。ひそひそ話をされていたい。すぐに逸らせるように備えた目線で嫌悪を向けられていたい。毒も薬も必要ない。手枷のない腕と、足枷のない脚。それだけ。札の下がっていない首筋と、お互いの血のための塞がらない傷口。それだけ。

「未熟」

 

 

マリー
きみは忘れちゃったよ
遠いいつかにはしたくなかった
いつまでも今でありたかった

だけどその思いが
すでに表出した時から奴隷だった
音のしない時計にとって

マリー
きみの自由がぼくを切なくする
ぼくにないものを持っているから
そのままでいい
もう思い出せなくていいよ

「マリー」

 

 

誰かの生きられなかった朝
誰かに生きて欲しかった朝

朝を配達するのがたまに嫌になるよ
受け取ってくれない人がいる
持って行くと泣きそうな顔で
それでも受け取る人
受け取ってくれない人
受け取りたくてもできない人

朝なんか扱いたくない日もあるけど
これも僕の運命だからね

「朝の配達人」

 

 

この世の中は悲しいことがたくさんあって楽しいことがたくさんあってそのうちに分からなくなるの。平等ではなくて突然に不運でなぜ生きてるのって誰かに答えを出してもらいたくなるの。死のうって決めたらたちまち世界が優しくなって、もう少しって死ぬ決意をくじけさせた。僕が君を忘れませんように。

「翻弄」

 

 

散らばっていく火花をつかまえようと手のひらを「救う」の形にしたら水面はゼリーになった。時間は緩慢になり自分の挙動もゆったりとなった。テレビ番組でやっていたスーパースローモーション、の映像を見ているみたいな。「もしも」、僕は禁句をたやすく口にする。あの時この魔法が使えていたらなあ。

「スーパー・スロー・マジック」

 

 

どこかにいますように
その願いを裏切る気がして
今まで歩き出せなかったけど
どこに生きてたって
どうせ僕のことだ
ただ来るのを待っているんだろう
だったら僕から歩き出そう
そうすればからかって
タイミングが良ければ
笑い合うこともできるだろうから

「迎え」

 

 

君みたいになりたかった。どんなに意地悪な目で見ても悪いところなんか見つからなかった。僕ほどに。そのままでいいのに。なのに君はそう言って真似をさせてくれなかった。君みたいになりたかった。じゃ、ない。君に、なりたかったんだ。ウスバカゲロウに可哀想だねって呟いていた横顔を含めて、君に。

「同級生」

 

 

一つのディスプレイに一つの恋。二つの目で名前を探してる三つ編みの女の子。四季の荒波に揉まれながら五角形のペンダントを手に入れた。第六感は知らぬ顔で第七官界彷徨を左手に載せ人を待つ。午前八時に九度目の人違い。時は満ちた。最初からここまでを何十遍も繰り返したい。飽きもせず呆れられて。

「少女カウンター」

 

 

思い出が増えても歩き続けられるのかな。疑問に思う。君と出会ってからたくさんのごはんを食べた。たくさんのバスに乗ったしいろんな停留所で降りた。数々の風景、夜景、絶景。僕にしかない思い出の量を君もいる時間が上回ったとき、別人になっちゃわないかな。答えはまだ出せずに鼻の奥がつんとした。

「さよなら論理」

 

 

さみしさのためになんか泣きたくない。もはや涙声で君が言う。「意味わかんない」って言っていいかな。考えあぐねていると君が潤んだ目で僕のことを見ていた。「やさしいんだね。迷ってくれるなんて」。その顔のとなりで咲いている花を見た。帰ったら絶対に図鑑で調べて、いつまでも記憶してやる。

「青春の断片」

 

 

他の誰かを好きな君が僕に映って余計に世界がキラキラしてる。水面をかき混ぜる尾鰭が乱反射を作り出してる。どんな暗闇も坂道も恐れないんだね。眩しい場所で平気なんだね。僕は君をここまで引きずり落とすことができる。でもしない。その決意だけで僕は自分を謗らずにいられる。少しは好きになれる。

「日陰」

 

 

君がいつもいつも幸せそうなので僕は少し辛い。君が笑うと肋骨の中で硬い実がトゲトゲを出して柔らかい臓器とかをチクチクやる。幸せそうにしないでなんて言えない。君にとって僕は優しい聞き役にしかなれないんだから。たまには泣き顔くらい見せて。隙を見せて。そうしたら臆病な僕でも付け入るから。

「足踏み」

 

 

ナイフの先で新しいお肉をつついています。本日のランチはレモンとバジルが香っています。あなたに餌を持ってきました。私の話を聞かされている間の、隠しきれない困り顔が好き。手に入らないものを欲しがる目。踏み出せないくせに見ることをやめない。往生際の悪いこと。早くその仮面を剥いでよ。

「足踏みへの返信」

 

 

思い出の中で君と僕
永遠に流れているような夕焼け
赤ん坊みたいなトロイメライ

未来なんて知らない
これは誰かの叫び
これは誰かの流れた血

平和を祈る余裕はなく
時代を恨む暇もなく

呼吸するたびに
涙するたびに
命はその全身から零れ落ちてた

「8月6日」

 

 

お月様の雲に隠れるような夜は
捕まえたものをもう離さない
今日見た夕暮れは今日だけの特別
彷徨うだけの毎日にもうさよなら
まだだよって焦らしてばっかいないで

「おつきさま」

 

 

どんなふうに髪を切って
どんなことで泣いて
誰に笑顔を見せるのかな
これからの毎日は
何も決まってない
明日誰かいなくなっても
きみはそうと知らず
望むように生きていけるよ
優しい人が悪党になる夜に
声を持たない人が文字を見つける朝に
いつだってそうやって来た
珍しくもない命だ

「凡凡」

 

 

「それしかない」。僕にはそう言える人が羨ましかった。太陽はしばらく雲のむこうへ隠れ視界は柔らかだ。幼馴染を見上げる。まさか絶望だというのか。気づくか不安だった。「それしかない」は「それだけはある」の裏返しだということ。だから意地悪な僕は優しい言葉をかける。大丈夫、一緒にいるから。

「裏返し」

 

 

宇宙とポケットをつなぐには?あの子みたいに。ドーナツの穴に囁いたことを君にも言いたい。みんながひとりぼっちになる書架の間で。これはいつの夏だ?彷徨ってるわけでもないのに心細い。迷子って言わなければ帰らなくても良いよね。活字が血管に入り込んだから、次出る言葉はもう私のじゃないの。

「迷走図書館」

 

 

先に本音を言ったほうが負けになるゲームって誰が得をする?ばかばかしい。だけど頬に貼りつくスパンコールの鱗が邪魔をしてうまく笑えない。現在完了形、過去進行形、変えてくれるのは形容詞、形容詞、形容詞と助詞。もう少し実感したい、繰り返すことが罪になる世界に生きてるわけじゃないってこと。

「似非ホログラム、エトセトラ」

 

 

無邪気に人を邪険にして。壊れるほど乱雑に扱って。打ち消しながら爽快になって。負債を溜め込んで。死にゆくものを静かに見下ろして。絶対に助けないで。いつかあなたはこの夜を、よるをよるをよるを悔いて、汚れた手で顔を覆うの。その姿に救われる人もあるの。その姿にときめく人が今夜生まれるの。

「前夜」

 

 

ずっとあると思っているもの。ずっといると思ってる人。みんなあなたの思い込み。願い、希望。いつだって壊れるしいなくなる。縛ることはできない。復活は為されない。だけど知らなくていい。知ったとしても怯えなくていい。無邪気が一番。何も分かってなかったと悔いるところから産まれる物語もある。

「優しい産地」

 

 

髪切ったことに気づかないと怒るし、自分が退屈なら真夜中だろうが呼びつけたし、わがままで本当に可愛くなかった。だけど、本当に大好きだったんだよ。失恋を語る僕の前でクリームソーダをつついていたAI376号が顔を上げた。その表情がまるで人間みたいで、僕は思わず苦笑した。「もう大丈夫」。

「僕のロボット」

 

 

床すれすれの視界、半開きのドアから夏が見えた。血のかわりに溢れたワインが手を伸ばすけど、まだ到達を許されない。諦めて目線をあげればあなたの顔が映るんだけど、もうその名前さえ呼べない。首に巻きつく骨張った指。初めてぼくに触れてくれたね。これはきっとえいえんに解決しない殺人事件。

「未解決の恋」

 

 

タチアオイから視線をずらせば、バス停にきみを見つけた。尾行はしていない。ましてや探偵を雇ったりもしない。ただただ偶然。これがもしも初対面なら何か言葉をかけたりできただろうか。それとも見つめるだけだったか。きみが幸せであればいいだなんて、馬鹿げてる、ぼくはもっと悪人になりたかった。

「初恋の再会」

 

 

空から落ちてくるたくさんの囁き。今日は西からやってきて明日には東へ去るもの。きみの瞳にいつかと同じ結晶があることを信じて、夏休みのプール。あの子の死体が浮かんでいる。水はついさっきまで脈だったものを、もうどこへも運んでいかない。ただの反射に僕は、この世と白と黒を教えられていた。

「雨風雪光暗闇」

 

 

その場所はいつだって行くことができた。 利き手じゃないほうの人差し指と親指で輪っかを作って覗き込んだらもう、あお町。建物も食べ物も生き物もすべてがあおをしている。実は今でも行くことができる。だからついつい会議中にぼんやりと輪っかを覗いてしまって、今日も愛しの先輩に叱られる。

「マイ・フェイバリット・ブルー」

 

 

初めは蛇口だった。ひねると出てきたのは歌声と匂いだった。それはデート前日の鼻歌と一緒に食べたペペロンチーノ。次は噴水だった。湧き出るのは足音と笑い声だった。スキップでもしそうな歩幅と他愛もない。最後は心臓。どくんどくんとめどなく記憶がこぼれていた。お医者は流体物恐怖症と診断した。

「失恋と藪医者」

 

 

感情のないものにせっせと語りかけるきみが好き。窓際のオジギソウ、太陽と月、新しく買ったスニーカー、夏という季節。きみはおしゃべりが嫌いなのかな。言いたいことを言って、勝手に幸せそう。きみが本当は誰ともうまく喋れないこと知っているよ。あの夜、ぼくの縫い目に涙がいくつもこぼれていた。

「ほんとはね」

 

 

神様はどうして二で割ったの。ぼくはきみを、きみはぼくを、殺すことでしか始まれないようにどうして作ったの。一つずつ確かめ合って小さな間違いに憂鬱になって他の音もぜんぜん聞こえないで犠牲だけ積み重ねてる。愛も平和も偽善を忌避するそのまた偽善も何もかも消失か水没して。

 

 

どうして覚えていないんだろう。僕はどうして君を覚えていないんだろう。こんなに夜空は高く、波の音は優しいのに。今夜でなくてはいけないんだろうか。君のことを忘れたまま置き去りにすることが、どうしても今夜でなくては。せめてあと一夜、あと一夜が足りない二人。

 

 

餌をつけたら釣り糸を垂らす。見惚れるような流線型。おいで。念じた後はじっと待つ。蝉がじゃんじゃん鳴いて汗が噴き出てきて、今西暦何年なのか分からなくなる。首筋が痛んできて仰ぎ見れば、青空はずっと彼方にあって。灰色の大きな目がふたつ、ぼんやりと僕を見下ろしていた夏。