no.195

だって毎秒新しいんだもん。ちょっと不自由なくらいが本当に自由だったんだって、選択肢の少ないほうが都合がいいんだって、そういうのさいきんすごく頷いてしまうのって老化、いやいや自分の性質が把握でき始めていることだと信じたい。浴びるようにシャーっと吸い込むの得意だったけど、なんかもう、鈍感でいたいモード。こんなにものがある中でどうやって自分の足りないものみんなさがすんだろう。さがすものじゃないからそもそもおかしな疑問である。欲しいものは何もないけど作りたいって欲求それすなわちただ褒められたいだけなんじゃないのか。もしそうだとしたら恥ずかしいこと?なんで?承認欲求を露呈することはわりと恥ずかしいこと?そういう風潮があるから?周りはどんどん承認されていくし、でもそれはたぶん自分の勝手な被害妄想だし実のところ誰も承認欲求を満たされないでいる。他者の目や評価から自由であることやそう振る舞えることってかっこいいみたいな感じするしもしかしたらそれ理想かも知れないけどそれもできなければ言葉の綾で乗り越えるしかないのかもね。「誰かを笑顔にしたいです」。はあ?「ありがとうの一言が喜びです」。はあ。誰も頷いてくれなくても平気でいることはすごいことだからそうなりたいの。そんなひとなんていないでしょって否定を期待しているの。ばかじゃん。推敲なんかしないし支離滅裂を叩きつけることは消化器でいたずらすることとあんまり変わらないよ本質的に。いつまでも成長しないねって仕方なさそうに笑われていたいの。僕の虚勢が君のプライドを支えるかけがえのない現実の一つであればいい。って、透明感がどうとかって、綺麗ぶったフィクションに投影したならひねもすひょうひょうとチョコレートだけ食べていたい豚 is me.ほんと頭悪そうって最高の賛辞。変な顔。廊下に残飯がこぼれた光景。柔らかい光。異国で撃ち合う兵士を憂えながらカロリーの計算して昼の予定をどうやってキャンセルするか考えている、これも平和と呼べば平和。死んでください。そんな直球の愛してる。月は見えなくても初恋は消えない。

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