no.184

旅立たなければならない。ここは淡くて甘い。堕落で失う程度のものはもう無いけれど、それにしたってここを発たなければならない。会うひとに会うためではなく、得るものを得るためでなく、その先に何かあってそこへ進むのではなく、泥酔して欄干から身を投げるようにして。眼下の海はいつしか線路に姿を変えるだろう。幻は手品のように量産されて笑い声も掻き消されるから真偽は確かめようがない。大勢が口を揃えて言うことばに、首をかしげることはまちがっている。だったらそれがまちがいじゃない場所へ行くんだ。ただしいもまちがいも。美しいも醜いも。さみしいもうれしいも。憎いも愛も。誰にも委ねることはなかった。それなのにいつからかぼくは委ねた気になっていた。了解が欲しくて頷いて欲しくてさもなくば馬鹿だって言われたくてずっとその目を見ていた。夢はいつも無責任。幸せに死ねる保証なんてどこにもない。だけど死ぬ。ぼくはいつか死ぬんだ。これが恩寵でなくてなんだろう。神さまは、いる。あちらはぼくのこと、なんにも知らないかもしれないけれど。月が沈む。太陽の後を追って。星は誰かに匿われたまま。世界を回す手のことは、まだ見えない。