No.823

どんな感動にもどんな悲劇にも私は慣れていくことを知った。慣れてはいけない。どの口が言うの。きみは私を好きだった。有名な言葉をそらで言うんだ。自分から出たもののように。恥ずかしくないの。不安じゃないの。私にはできない。何も持たないからと言って借りることができない。潔癖かも。そのうえ、自意識が強過ぎる。素直になれと人は言う。素直な私が自分の望む私だと期待してるからだ、疑ってないからだ。そんな私どこにもいないのに。きみは違ったな。きみだけが違って見えたな。近づかないで欲しかった。触れないで欲しかった。離したくないと思ってしまう。嫌われたくないと思ってしまう。そんな自分は嫌い。そんな自分と生きる自信はない。だけど平気で笑っていたね。ふと、思ったんだ。あ、大丈夫なのかも。そう思ったんだ。きみは気づいてない。きっと気づいてない。いつ私がきみのいる世界に入ったか。それでもいいやと何を捨てたか。得たものはないけれど、両手は自由だ。なんでもつかめる。望んだものが手に入る。そのことを知って初めて、望むことの贅沢を知る。生きるわけだ。なるほど人が、長い百年を生きようとするわけだ。私は初めて分かりかけて、迷いの声の上を踏み出した。