No.818

泣けない僕の代わりにグラスが濡れて
なんであの人じゃなかったんだろうと思う
なんで僕があの人ではいけなかったんだろう
決まりなんて、運命なんて、ないんだろう

ただそこにあったんだ
僕が知らずに踏んだ草花みたいにただそこに
たまたまだと言い聞かせればラクになれると思った
言葉が少しずつ軽く薄くなっていった

有名人のポスターの前を駆け足で通り過ぎる
僕はただの風景になりたかった
きらきら輝いて見えるその世界の粒子に
空は人をきれいに消えさせてはくれないけれど

また悲劇のヒーローぶってたんだ
そういうの二度とするなと言ったよね
いい加減、二番手の振りをするのはやめにしろよ
僕が寝ていないのを分かってポスターの君が言う

唯一無二であるかどうかなんだ
姿形にまったく無頓着とまでは言わないまでも
それは自分では決められないことなんだ
俺を選んでくれた君を好きだよ

たしかに俺の周りにはきれいなものがあるよ
おびただしい数のきれいなものが
だけど言葉が通じる人は少ないんだ
分かるかな、何を言ってるか分かってもらえるといいな

ポスターのあの人は今も夜に微笑んでるだろう
被写体の良いところはどこへでも行けるということ
ここが良いと思えるところ、この人が良いと思えるところへ
だから最初に俺を見つけてくれた、君に会いにここへ来たんだ。