小説『にぶい』

ひと月先の予定を入れて不安になる。読みかけの本にしおりをはさんでふと思う。(生きるつもりなんだろうか)。この先も。この先も?

たしかではないのに、望んではいないのに。何気なく約束をして、何気なく読みかけにする。こんな間違いだらけで、生きていいんだろうか。

迷惑をかける。きっと苛まれる。レッテルが足りない。飲もうとした水がただ流れていく。理由が欲しい。みんな理由が欲しい。ここにいていい理由。生きていていい理由。しおりをはさんで良い理由。約束の日を待ち遠しく思っていい理由。

(考えすぎ。もっと幸せになっていいんじゃない?)

そう言われるために考えることをやめられなくなった。一番の弊害が一番の理由である場合、ぼくに抜け道は無いんだろうか。呪われたいだけかもな。所詮なりたかった自分かも知れない。

ぐるぐる考えていたら降りる駅を乗り過ごし、一時間遅れで待ち合わせ場所に着く。きみは「あ、やっと来た。」と笑って、ぼくにランチを奢らせるだけで無駄にした一時間を忘れてしまえる。

「無駄じゃなかったよ」
「そう?」
「待ってる間ずっと考えられたから」
「なにを?」
「これから会う人のこと」
「ぼく?」
「うんうん」
「どんな気持ち?」
「新鮮だ。最近あまり待つこと無かったし」
「うん」
「はやく会いたいなー。会ったらどんな仕返ししてやろうかなーとか」
「これが仕返し?」
「うん」
「このランチが?」
「うん!」
「安すぎない?」
「誰と食べてるかが重要だと思うんだけど。最高においしいよ」
「さらっと言うんだ」
「回りくどいのとか嘘は苦手だ」
「知ってる」
「デザートも食べたい」
「はいはい」

変なやつ。ずるいやつ。第一印象は今もあんまり変わってない。こいつと会っている時ぼくは、生きるかどうするかとか理由がどうとかを全く忘れる。理由もなく生きてる。食べて笑ってる。ぜんぜん有益じゃない話をしている。

好きな人がいるって、こんな感じなんだろうか。好きな人って、こんな感じなんだろうか。好きって、こういう感じなんだろうか。ぼくにはまだよく分からない。だから次会うその日が待ち遠しい。