小説『夜は逃げても』

あなたが好きだというものを嫌いだと言った。蛍光ピンクの垣根がどこまでも続いて、花の名前を聞き損ねる。作られたものもちゃんと優しいんだ。言われたセリフに頷けなかった。頷きたくなかった。あなたの知ってる人間はあなたの言葉に頷くことがほとんどだろう。だから記憶に残らないだろう。じゃあ僕は頷かないんだと、まあ、そういう理屈だ。
好き。
認めたくないのはひねくれてるからじゃない。もし伝えてしまって、果たされてしまって、その先に何があるのか。僕たちはどうなれると言うのか。捨てたくないものがあって、変わりたくない時間があって、そうじゃないものを捨てて変えた。別人になれるまで。なれるはずもないから当然のこととして何もなくなり、あおい夜の隅っこで伝える。それしかないから。それは残ったものだから。
好き。
かも知れない、と、あわてて付け加える。知ってた。あなたが言うから、僕はそれも知ってたと言い返す。笑いながら泣きたいような感覚になり、嘘にしようかどうしようか迷って隣にいるあなたの横顔を見ると、その目から星がこぼれた。星座がこぼれた。銀河さえあふれて、ふと空を見上げるとそこには一定の色しか残されておらず、ぐんじょう、と手のひらに降ってくる。
言ってもらえないかと思った。鼻先を埋めた肩口は冷たい。南に行きたい。じゃあ、南で。犬と暮らしたい。じゃあ、犬で。
じゃあ、って。
笑った顔を見られないよう、憎まれ口で朝を迎える。夜は逃げてもあなたは逃げない。どこまで行こうか。どこまでも行こう。