小説『さよならロードムービー』

幸せなんだといいわけのように話し出すあなたを、もしかするとぼくが連れ出せるかも知れない。

あなたもそれを待っているのかも知れない。確信を持てず呼吸を整えている。

今。たとえば手を取って走り出したとしたら?ぼくの愚行は瞬く間に知れ渡るだろう。あなたも悪く言われるだろう。ぼくがしようとしていることは、そういうことだ。他人に評価の機会を与えるということだ。

でも。

ぼくもあなたもお金をもらって劇場で踊ってるんじゃない。ぼくはぼくの、あなたはあなたの一度きりを生きてるんだ。それがたまたま重なったんだ。そしてたまたま今があって、あなたはそんな目でぼくを見るんだ。

急に椅子から立ったぼくの眼球の半分に、夕陽のこぼしたオレンジの光が射している。感じる。

あなたはとっくに泣き出しそうで、でもまだ期待してはいけないと言い聞かせている。

「行こう」。

決意が固まるより早く、言葉がこぼれていた。
傷跡の浮かんだ手を握る。決意が遅れて追いついて、あなたは世界からさらわれる。ぼくという凡人によって。一瞬で。永遠に。