小説『風のいたずら』

頬杖をついたままうたた寝していると、誰かがやってきて肩にカーディガンを掛けていった。誰かなんてわかってる。だけどもしかしたら違うかもしれない。目を開けて確かめれば済むことを、ぼくはいつまでも済ませたくない。

カーディガンをかけたその人は代わりに膝掛けを奪っていった。分かるような分からないような不思議な気持ちになって、そうか夢かもしれないぞと思い直す。夢なら何もおかしくない。ならば。覚悟を決めたぼくが目を開けようとしたその時、まぶたに触れるか触れないかの距離が手のひらに覆われる。

知ってる、知ってるこの平熱。
「一般的ではないかもしれないけど、正しくないってこともないよ」。
知ってる、知ってるこの声。
「夕方」。「また」。「会いに来るね」。「もしもの話」。「コツがいるんだ」。「こっちへ来るのには」。
知ってる、こんなにきみを知ってるのに。

目を開けると誰もいなくて、あるべきところに膝掛けがある。窓の外ではちょうど太陽が建物の隙間に滑り落ちていくところで、ああ、教えてくれたんだと思う。一瞬だけど。

失望とともに読みかけの本に視線を落としたぼくは、ついさっきはさんだ栞がずいぶん前進していることに気づく。もとのページへ戻ろうとして、ふいに視界に入ってしまった真犯人の名前に、ぼくは仕方なく苦笑いした。

わかった、でも許す、退屈になった時間は、いたずら好きだったきみのために使おう。

分厚い本の、表紙をとじて。