小説『フォークを捨てたぼくらを待つもの』

影響を受けていると悟られたくなくて別のメニューを頼む。見透かされている気がして落ち着かない。思えば一緒にご飯を食べる義理なんか無かった。だって、こいつが。でも、こいつが。

ほら、きいろ。みどり。あお。あか。しろ。くろ。ひとつひとつ丁寧に教えられたくなくて色とりどりの食べ物から視線をそらせば、テーブルの上に手の甲があった。当たり前のこととして、おおきい。骨が見えるようだよ。

何もかもをしてきたこいつと、何もしてこなかったぼく。正反対だから一緒にいるのだと言い聞かされれば三度目にはもう疑わないだろう。「食べて」。消えていた音がそこから再開し、はっとした。食べる?何を?「料理。きみが何かを食べているところが見たい。つまり、きみの生きているところが」。

相変わらず意味不明だと思いながらフォークでサラダを口に運んだ。これでどうだ、と無言で問いかけると「助かった。ありがとう」と微笑んで見せる。やはり意味がわからないが、意味がわからないと思えるだけぼくは意味をわかっているのかも知れなかった。もう。

何かするだけでありがとうと感謝されたり、ぼうっと空を眺めているだけで大丈夫かと心配をされる。今ふと考えたんだがこいつはぼくを好きでは?ありえそうだ。そして、ぼくもこいつを好きでは?考えたこともなかったがありえないことでもなさそう。

お互いを好きかもしれない二人が同じ場所にいるとなると、もしかしたら彼らは幸せになれるのかもしれない。

咄嗟にフォークを皿の上に放ったぼくをこいつは不思議そうに見た。驚かないの。何を。ぼくが、今、がしゃんと大きな音を立てたこと。驚かないよ。見てたからわかる。見てたんだから。ただ、不思議だなって思って。わからないんだ。

きみ、いま、何に気づいたの。

色という色が配置を変えて世界が目前に迫っていた。こいつは、ぼくを。ぼくは、こいつを。フォークは、緑を。風は、鳥を。季節は、肌を。予感は、熱を。たずさえてぼくにまだ見ておけと語りかける。今に平気になる。今に慣れてしまう。そうしたらまたべつの絶望がぼくを襲うんだ。それでもいいかなんて思ってしまうから、妨げるものは何もなかった。掃いて捨てたいほどありふれた日常は、ぼくの知らないうちに愛に満ちてた。口にできない希望が待ってた。