No.776

薄氷を重ねた時を経て墜落しながら生まれるのなら、人の腕の中へ落ちること。世界がきれいで生まれた途端にきっと消えたくなるのだとしても。求められても積み重ねてこなかった愛や初恋が花の陰に隠れてる。大丈夫だよ美しいよなんて、嘘をつけるほどぼくは大人じゃなかった。もう行かなきゃ。わかってる。真昼に君と訪れた駅、運良く通過した車両を見送り、やけくそみたいにはしゃいでた。二人の笑い声が線路に落ちて、きんと澄んでいきながら跳ね返った。誰のことも好きになれない。不安と不満の根底にある事実、ぼくの特徴。知られませぬように、見抜かれませぬように。何かが悲しいわけではなく、観察が性に合っただけ。液晶画面が月を隠している。音のない線路に、夜、いいわけを覆い尽くす、あの満天の星が落ちてくるのが見えるようだよ。今夜にも。いまにも。