No.777

道の上に羽毛の塊が落ちている。かつて生き物だったもの。潰されもせず、食べられもせず。食滅連鎖の鎖から除外されて。赤い血が見えた気がする。臓器が足りないんだ。一番に大切なものが。耳元で鳩がささやいた。ぼくは歩みをゆるめてそれを目に焼き付けようとし、そうしようとした理由がわからなくなったためペースを戻す。人ではない。人ではないと言えるだろうか。見慣れた背景、いつもの朝。ミルクとバターが迎えてくれるだろう。ゆで卵の殻をむく鮮やかな手つきを見ながら、その手が額を撫でるためにこちらへ伸ばされるのを待っている。羽はアスファルトのささくれに引っかかり、往来が賑わえば亡骸はさらに得体の知れないものになるだろう。何ができるか、何もしない。何でもできるけど、たとえば鎖につなぎ直してあげることとか、でも何もしない。ぼくは前を向き、進みたい方向へ進んだ。家に帰ると住人は起き上がったばかりで、ぼくがいないことに気づいていなかったみたいだ。なんということか。朝の散歩かい?おかえりと全身が言っている。喉を鳴らして手の窪みに頬を擦り付ける。街は変わりなかったかい?ぼくは羽毛の生き物が死んでいたことを伝える。そうかい。あなたは寝ぼけたような目のままで頷いた。お前はそうならないからね。お前はそうならない。ぼくはべつにああなっても平気だと答える。めずらしいことではないよ、そんな目をしないで。あなたはキッチンに立ち水を張ったちいさな鍋に卵を二つ並べて火にかける。卵が二つ並べばいっぱいになってしまうちいささだ。あの子が好きだったんだよ。存在は知っている。姿を見たことはない。あなたはぼくの知らない話をする。それは今朝の羽毛のように空っぽになってしまったものかも知れない。何も無い、マクベス、自分には何も無いよ。あなたは呟く。コンロの火にくべてしまうように。安心安全装置があなたを守るから、ちょっと拗ねたくらいで大惨事は起こせない。ぼくは知っている。あなたの目の中にたくさんの悲しみや愛情が宿ることがあることを。何も無いどころではないことを。だけどぼくはそれを伝えられないので、出されたごはんをおいしく食べる。いつもと似ていて、いつもと違う、新しく始まった朝に。ひとりのあなたと。