小説『おしゃべりなドッペルゲンガー』

いいなあ、とはっきり思う。だけども、とはっきり聞こえる。よくない。できっこない。だってこういう障害があるし、だってこういう義務があるし、だってこういう世間の目があるし、だってこういう中傷を受けるだろうし、だってこういうリスクがあるし、だってこういう恥晒しにあうし、だってこういう汚点になるし、だってこういう罠があるし、だってこういう心無い人に狙われるし、だってこういうこういうこういう。でも何もせずにいたらこういうこと全部と無縁だよ。ねえ。安心安全平和にいられるよ。ねえねえ。そうしよう。いいよね。ずっといいよね。うんと言って。・・・ぼくを頷かせようと必死だったあなたは天使だったのか悪魔だったのか。ずっと考えていた。うそ。たまに考えていて、ふいに分かった。設問がまちがっていた。あなたは、おそらく、ただの人間だろう。天国を選べない、かと言って、地獄も選べない、どうしようもないほど人間だったのだ。ちっぽけで怖いんだろう。喋っていないと不安なんだろう。ぼくはぼくに似たあなたを抱きしめる。ちっぽけなまま黙っていられるように。