小説『ほしのこども』〜side星〜

ある朝、生まれてみたらお皿の上で
夜空のような瞳に見つめられていた
まさか生まれるところを間違えたとは
説明する能力も何もなくて新生活が始まった

そいつはまず緑色した薄いものをくれた
美味しかったからぴかぴか光って見せた
次に夕焼け色した硬いものをくれた
あまり好きでなくペッと吐き出した

おれたち星という存在は朝が苦手だ
言葉は少しずつ適応できる
くすぐられたことは初めてだけど嬉しかった
お腹がいっぱいになるとよく眠れた

間違えて生まれた地上で歳月が過ぎ
おれはすっかり人の形になった
って、星じゃなかったのかよ
我ながら悲しくなった

だけどそいつ、彼は、優しかった
おれにごはんをくれて一緒に寝てくれた
感情を高ぶらせてはいけないと言われた
言われたことをおれは守った

嬉しかったり悲しかったりすると
その思いが強いほど星はよく光る
だけど人間は光ったりしない
守れる?と聞かれたのでうんと答えた

おれと彼は喧嘩もせず仲良く過ごしたが
ある日彼がとても疲れた顔で帰ってきた

どうかしたか?
人を傷つけてしまった
おまえは優しい
優しいだけじゃだめだお金が必要なんだ

彼はちゃんと働いてお金を稼いでいたが
ぜんぜん足りないのだと言う
おれが力になれるのではないか
恩返しができるのではないか

そうだおれは星だ
だけどおまえと暮らすうち人の形になった
星は光るのが当たり前だけど
人は普通は光らない

だからおれが光ったら珍しいんじゃないか?
みんな楽しんでくれるんじゃないか?

実際どちらが言い出したかは忘れた
とにかくおれは感情を押し殺すのをやめた

嬉しかった
それだけで嬉しかった
だっておまえのことを考えれば良いんだから
楽しいも悲しいも苛立ちもおまえのこと

必要なお金はなんとか払い終えることができ
おれたちはまた元の生活に戻った
ときどきカメラを向けられることはあっても
もうやっていませんと足早に立ち去った

ある日おれがひとり留守番をしていると
スーツ姿の男がやってきて言った
もっときみが輝けるところへ行こう
彼に確認しないと行けないと答えた

連絡をしたら彼は飛んで帰ってきた
あっちの部屋へ行っててと言われた
彼はスーツと話し終えておれを呼び戻した
何かを決意した表情だった

だいじょうぶか?
逃げよう
なぜ?
なぜでも、ここを出よう

もとより反対する気持ちなんかない
彼がいないとおれは困るし
そもそも地上に用はなかった
街が寝静まった時刻ふたりで抜け出した

地上に来てからいちばんわくわくした
彼と出かけるのは初めてじゃない
光っても良いよと言われた時期もある
お金がたくさん必要だった時だ

でも今はお金は必要じゃない
ふたりで夜の中を駆け抜けていく
それがこんなに気持ちのいいことだとは!
おれは彼の手を強く握った

でも目立ってはいけないんだった
おまえの光は強すぎる、とくにぼくの手を握るときは
恥ずかしそうに注意されて
おれはしぶしぶ握っていた手を離す

やがて海沿いに出た
海そのものを見るのは初めてじゃない
だけど夜明けの海は初めてだ
水平線を走ったら空に届きそう

試してみようか、
そう言って振り向いた時
彼の肩が赤く染まっていた
あわてて岩陰に引きずり込んだ

どうしようどうしようどうしよう
シャツに染み込みきれず流れ出てくる
おれの一番深くから光が込み上げてくる
冷静になれと言われてももう聞けない

今までいくつ殺した?

たのしい
うれしい
かなしい
はらだたしい

押し殺されたたくさんの感情たちが
反旗を翻して襲いかかってきた
光るなってそれは無理だ
おまえの命令なんか二度と聞くもんか

殺したと思っていた
ただ眠っていただけだった
銃声が目覚めさせて溢れさせた
彼の体から流れて止まらない血のように

ほんとに行けるんじゃないかなと思った
思いはすぐ確信になった
いま水平線を走ったら遠ざかる夜に乗っかれそう
彼を抱えたままおれの体は光の塊になった

おれが間違って卵から生まれてしまったように
人間が空へ上ることもできるんじゃないか?
星になることはできるんじゃないか?
一縷の望みにかけておれは地面を強く蹴った

結論から言うと予想は当たった
影のない世界でおれたちは目覚めた
シャツを染めていた血も消えている
差し出された手を取って語りかけた

だいじょうぶだよ
だいじょうぶだよ
ここはもうだいじょうぶ
声によらない感情の発信手段だ

触れ合えばいい
感じればいい
伝われと願うだけだ
それを相手が受け取れば成立する

どうして鶏の卵になんか入っていたの?
それをいま質問するのかと思いつつ
適当にはぐらかした
そうだったら面白いでしょ?と

嘘をついたよ
おれはずっと見ていたんだ
年上の星たちにバカにされながら
もしかして地上は楽しいんじゃないかって

子供時代はよく泣かされていたな
大人になってからはよく人を苛立たせた
星であるおれから見ても彼の動作は緩慢として
何かを伝えるたびにつっかえていたから

だけど彼は記憶力がすごかった
無数にある星座の名前を余さず呼べるんだ
名前は人間がつけたもので勝手なもんだけど
おれもいつか見つけてもらって呼ばれてみたいと思ったんだ

笑われるに決まってる
見つめすぎて落っこちたなんて
うっかりさんだなあと彼は微笑んだ
恥ずかしかったけど隠さなくて良いんだ

いまおれたちは光ることを隠さない
沸き起こった感情のままに点滅する
時には輝きが持続し過ぎることもあって
そんな時は布をかぶるのがマナーだ、一応

おまえはおれによく光るようになったと言う
おれから言わせればおまえこそ
よくも今まで光らずにいられたな
おれたちの本質は変わらないんだ

ひとつに溶け合うこともできるし
ふたたびふたつに戻ることもできる
お互いの心を所有することで
もやもやが晴れたりもする

地上がよく見えるんだねここからは
あっちからはあんまり見えないよ
彼はおれの心に語りかける
直接入ってくるのでつっかえたりしない

それが心地よくもあり
すこし残念でもあった
つっかえてもつっかえても
伝えたい思いのあること、いいなと思っていたから

おれの気持ちをそのまま受けて
彼は淡く発光する
嬉しくて嬉しくて点滅を返す
彼はおれに布を被せて上から抱きしめた

殺してるわけじゃないんだ
守りかたがわからなくなるだけ
不安なときは見上げてもらえるよう
ぼくたちはここで輝いていようね