小説『パシリくんと奔放ちゃん』

読み切り。少し気持ち悪いパシリくんを書きたくなったので。

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見てはいけない夢を見た。夢だと気づいた時点でさっさと目覚めなくてはいけなかったのに抜け出せなかった。あれは見てはいけない夢だった。だからこそ忘れられない夢だった。

いまきみは目の前で分厚いハンバーガーを食べている。食べながら、クラスメイトの噂、好きなアーティストの新曲の良さ、今度の休みにどこへ出かけたいか、おれに向かって話している。

話の内容なんてほとんど頭に入ってこない。

唇で挟まれて舌で引きずり出されるピクルスを見ていたら、あれが夢だったのか現実だったのか分からなくなる。その動きを、夢でも見たんだ。みたんだよ。

「聞いてる?」。

訝しげに見上げられるので正直に話す。話してしまう。どうにでもなれば良い。どうにでもなれ。

「でも、見てはいけなかったと、やっぱり思う」。

頬杖をついたきみがストローで音を立てて炭酸飲料を吸い上げ、後付けの弁解なんかかき消される。その結果弁解は届かなくて、トレイの上は空っぽで、思いの丈をぶつけて後ろめたさでいっぱいのおれだけが取り残される。

ごめんなさいと謝ろうとしたら丸められた紙くずが飛んできた。

「嫌いじゃない。わかる?そういうの、嫌いじゃないんだけど」。

何のことを言われているか分からず戸惑った。何を嫌いじゃないのか。何を分かっていないとおかしいのか。

「体に悪いものが嫌いじゃないんだ」。

言い直してくれたんだけどやっぱり分からず首を傾げてしまう。

「だって同じ夢を見たよ。感想を伝えようか。悪くなかった。そう、悪くなかったって、思ったんだよ。だったらこれ正夢になるんじゃない?」。

やっと言葉が落ちてきて、思わず立ち上がった。きみは頬杖をついたままニヤニヤしている。性格悪そうで可愛い。もしや、からかわれたのだろうか。だとしても良い。笑いたければ笑ってろ。

「今日、正夢にする」。
「しない」。
「なんで」。
「おまえの希望通りになるの嫌なので」。
「じゃあ明日」。
「早い」。
「一ヶ月後」。
「長い。てかさ、それまで待てんの十七歳?」。
「待て、ない」。
「だよな」。

同い年のきみが置いてったトレイを片付けて後を追う。きもいだのうざいだの言われたけれど、どれも嫌いじゃない。

立て替えたお金が回収できた試しはない。でも、いっときでもお金できみを独占できるなら、安いもんだと思う。おれはたぶん物欲に乏しい。自尊心も。

どれだけ体に良くないものを食んでも、きみは健やかに生きていく。だったらおれがちょっと居座るくらい、なんてことないんじゃないだろうか。正夢にして。

(じゃないと、してしまうよ)。

聞こえないこと前提で、三歩前を歩く背中にささやいてみる。