読み切りBL。真面目に書いてたけど途中ちょっとふざけたら最後までふざけてしまったやつ。
立ち止まらないためだけに歩いてきた。
倒れている者に見向きもしなかった。
気づけば周囲には何もなかった。
振り返ると遠くにスパンコールみたいな輝きが見える。
ぼくのものだったかも知れないが後戻りはできない。
かかとから荊が咲き、枯れない棘が逆行をたしなめ、ぼくは仕方なく前を向いた。
励ます声は聞こえていたけど、いつしかそれも聞こえなくなった。
ようやくひとりになったんだ。ようやくひとりになれたんだ。産まれた時は誰だってそうだろう?
ぼくはうまくやったよ。
誤魔化したい時ほど饒舌になる悪い癖を、いけないことだと罵ってくれるひともいない。
ぼくは目を閉じるように立ち止まった。
ああ、やっと。
やっと。
ゴールっっっ!
騒がしさと眩さに目を覚ます。ぼくの知ってるお祭りすべてをかけてもこうはならない。
断言できるほど、異質でド派手な空間が広がっていた。うっ。胃もたれ。
「えーと、なに?」
「ご臨終おめでとうございます!この度はゴールドサクセスハイパーラッシュ社の命をレンタルいたたき誠にありがとうございまっすー!」
「ん?」
「振り返りますと、帝都にお生まれになったあなた様は幼少期より類稀なる勉学の才能を発揮され、スポーツにも秀でていらっいました。千年に一人の神童ともてはやされ、皆々様から寄せられる期待通りの、立っっっ派な殿方へご成長あそばれたのでしたね」
「おーい、もしもし?」
「その後は天より授かりし才覚と美貌をフル活用して出世街道まっしぐら。まさに誰もが羨む一生を送られるかに思えました。イェア!」
「ちょ、ここどこ?パーティ会場?きみホスト?最近のホストって背中に羽つけるの?」
「しかし、若くして浮世のありとあらゆるものを手に入れてしまったあなたは数多の前例にもれず下衆野郎に成り下がってしまわれるのでした。失われる美貌、削られる財産、立ち去るご家族、あなたはそれでも立ち止まらずに独立歩行され、ついに自力でこのターミナルへご帰還されたのでありますありがとうございまーす!シャンパンはいりまーす!」
「きみとどう接していいかわからないんだけど」
「ちなみに現在のあなたはもっともピークだった頃のお姿と健康を取り戻しておられますのでご安心くださいね」
羽の生えたホスト(仮)がウインクすると色とりどりの金平糖みたいに星が弾けた。
「まあ、とりあえずぼくは死んだってことね?」
「さようで」
「一応訊くけど、死因はなに?」
「刺殺でございました」
「犯人は誰」
「まあ、そのへんの命でございます。我が社のユーザーではないため詳細は分かりかねます。てかプライバシーですので」
「ぼくの知る権利は」
「権利などここにはありません。てかそれ地上の人々がつくった概念でしょ?空の上では関係ナッシング」
権利がないならプライバシーなんてものもないだろ。
とは口が裂けても言えないような状況。
「じゃここって天国?」
「いえいえ。そんな大層な場所ではございません。命のサービスカウンター(返却専用)でございます。この後あなたには上か下かのジャッジがくだされますが、私どものあずかり知らぬ領域でございます」
「その割にはきみの格好めっちゃ天使に寄せてない?」
「ユーザー様に安心して命をご返却いただくためでございます。閻魔や餓鬼など奈落を連想させるファッションをいたしますと、返却しとうない、まだまだわしは生きるんじゃ〜!と駄々をこねるユーザー様もおりますゆえね」
「そか。で、返却ってどうすんの?」
「こちらにご署名くださいませ〜」
ぼくは差し出された紙に手渡された純金(?)のペンでさらさらと署名した。
「で?この後どうすればいいの」
「特に何も」
「何も?他の人はどうするの?」
「ジャッジが出るまでは少々時間がありますので、あちらのラウンジで休まれたり、こちらのデッキから雲海を眺めて過ごされる方もいらっしゃいますね」
「シャンパンジャグジーできみとイチャイチャとか?」
「あなたな、そういうとこだぞ!」
バシーンと音がしてホスト(仮)の背中の羽が顔面を殴打したのだと気づく。痛みはない。あ、当たったな。ということが視界の揺れから分かるだけ。
「ここに至って言いたくはありませんがね、あなたは少々手グセが悪くあらせられましたよ。それがために多くの女性のみならず男性、年少者、高齢者の方々から恨みを買ったのでございます。おそらくあなたを刺殺した人物もあなたによって心に深い傷を負ったうちのひとりでしょう」
「そうか。ぼくはあまり良いことをしてこなかったのだな」
「あまり、は語弊があるかと」
「そんなに?」
「いえいえ」
「たいして?」
「ご謙遜を。もいっちょ!」
「ほとんど」
「まだまだ!」
「まさか、ちっとも?」
「イエス、ボス!」
ホスト(仮)のガッツポーズに、微かに胸が痛む。
さっきホスト(仮)に羽ビンタされた時は痛みなんか感じなかったのに。
外側の痛みははずせても、内側の痛みは、死後もまだあるのかもしれない。
「そうか。それは悪いことをしたのだな」
「顔だけ聖人がしょんぼり顔したって無駄でーす。悪いなんてもんじゃありませんよ。あなたのやったことは破壊行為です。このクソ大量破壊兵器めが」
「償いたい」
「誰に?」
「ぼくが一番傷つけてしまった人」
「その名前を言えるので?」
ホスト(仮)はぼくとの間合いを詰めた。
「その、名前を、言えるので?」
瞳を覗き込まれて、こちらも覗き込む。
輪郭や髪の色が少しずつその人へ変化する。
手をのばすと、霧散する。
ぼくが本当に傷つけてしまった人は、ぼくが死んでも思い出すことのない人だ。もう癒すことはできないのだ。謝ることも、支えることも、未来永劫にわたって、もう二度と。
「だけど、ごめん。許さなくても良いから、幸せになって欲しい」。
思わず漏れた言葉に、ホスト(仮)がハッとする。
「今度、生まれ変わったら、絶対、きみのためになるから。きみの、力になるから」
ふぁさ、と音がしてホスト(仮)を見ると、その背中から羽が消えていた。
「言ったな」
「言ったよ」
「絶対」
「絶対に」
「俺のこともそうだけど、もう自分を責めたりしない?」
「しない」
「あなたは悪くない」
「そう?」
「あなたの魂が悪いだけ」
「うん、つまりぼくだね」
「浮気も?」
「しない」
「破ったら?」
「出禁にして良い」
「それだけ?」
「バカンスに連れて行く」
「いいね。南の島に連れてって。一ヶ月くらい、外部との連絡も絶って」
「わかった」
「ほんとにできる?」
「できるできる」
「繰り返すの無しね」
「できる」
「ほんとにほんとに?」
「繰り返すなって自分で言った!ほんとだっつってんだろ!」
「じゃあ、許す!」
「あざます!!」
あああ、やっと終わった。
今までにないくらい、盛大な溜息が出た。
お疲れ様でした。
お疲れ様でした。
向き合って、礼。
ぼくたちの間では、これが仲直りの方法だ。
memento mori。
他の恋人同士がどのように仲直りするかは知らないが、まああまり見かけないのではないか?知らんけど。
ナイロン製の羽をクローゼットに押し込み、うきうきとスーツケースに荷物を詰め始める恋人を見ていると、なんかもう馬鹿馬鹿しくて二度とケンカなんかしたくないと思う。
綺麗さっぱり別れてしまえたらこんな面倒もないんだろうと思うが、いかんせん可愛いのだ。
馬鹿は馬鹿であるほど愛いのだ。もはやぼくは彼と仲直りをやりたくて彼を傷つけているのかもしれない。この劇をやりたくてばれるように浮気とかするのかも知れない。
どちらが末期かと聞かれたら「どちらも末期さ」と笑顔で答えるだろう。末期同士、似た者同士だ。
実際、命なんてレンタル品。
死ぬまでのうたかた、明日は南のバカンスだ。
ちなみに劇中使われた小道具(天使に署名させられた書類)には、誓約書と記されている。
・相手を傷つけないこと
・自分を傷つけないこと
・傷つけてしまっても仲直りをすること
・かけがえのなさを感じ取ること
まったく子供じみた思考回路だ。やれやれと苦笑いしつつ、電話一本でプライベートジェットを手配する。