あなたは知らない。ぼくより多くの景色を見てきた、あなたにだって知らないことのある。ぼくだけが知ることのある。寝返りを打つ。耳の後ろにかすかな傷のあること。やがては消えてしまうだろう。だけど今はここにあること。ぼくが言わない限り、ぼく以外のだれも知らないまま治癒していく、そんな傷の。鏡に映るあなたは左右が入れ替わっているんだ。写真に映るあなたもそう。世界でただ一人あなただけが知らない。あなたはあなたに会うことがないから。あなたはあなたを抱きしめたり、あなたの背中に寝たりしないから。境遇も違う、恋の形も違う、初めて読んだ物語に涙する、その一粒一粒を拾って磨いても、肌のある限りとっさに捨ててしまうだろう。斜めに見下ろす知らない命、ぼくのもとに生まれなかった魂が、ありふれた光の中で幻みたいに輝いている。雨上がりの街はぼくたちを追い出さない。ぼくたちだけじゃない、潜む人、密かな嘘、忙しく理想の日々。どれひとつとして追い出さない。来ないかもしれない未来、もし来るのなら幾度もさかのぼる前世になろうね。すがめても狙えない、手をのばしてもつかまえられない、飛べない、もう飛ばなくていい、そんな夜空の鳥に、いつかはなろうね。