No.719

持っておこうとしてこぼしてしまう
食べてしまおうとして滴らせてしまう
もったいないと屈んだらまた落としてしまう
深呼吸するうちに鳥や虫や草花が掠め取る

ぼくと君のどちらにとってより必要か?
掲げて振っては君に手渡す
金銭以外見返りのないオークション
もらったタグも価値をなくす

受け渡しを終えた恋人たちは
名前を忘れることを約束して背中を向ける
ぼくたちって前にしか進めないの
名前を忘れたらやがて顔も声も忘れるんだね

生まれる時に知っていたんだ
それでもいいかと訊かれたんだ
それでもいいよと答えたんだ
まだ見ぬ頬杖の君がルーレットを回している

繰り返されることなどない
繰り返す思考にもまたと同じものはない
この孤独もページをめくれば消去できる
形見の青インクが切れそうだ

手放したんじゃなく引き寄せた
捨てたんじゃなく受け渡した
百度言い聞かせてやっと一度だ
自分で泣かせておいて犯人を君に尋ねる