No.692

ぼくを拾った冷たい手がいつか本当に冷たくなって、あれは冷たさじゃなくあたたかさだったと気づく。

真実はなぜ発覚を遅らせるのだろう。あえてのように。ぼくがぼくに夢中だったせいだろうか。死ぬまで居残るつもりだろうか。

ひとつの音もきこえなくなった朝、完璧に生まれてくるものはない。ほくがきみに差し出したもの。受け取ったきみが完璧にしていた。

ひとりでは何もなし得ない。呪うくらい。涙するくらい。眠りから覚めようと思うとき、いつも像が結ばれていた。本当にあるかどうかに関係なく。信じ抜くかどうかにだけかかっていた。

暗闇に囲われたワンルーム、視線の先に青の灯台。知るためじゃない。知らされているのは、ぼくたちの存在。放っておいてもらえずに、だけど許されているのはぼくたちの実在。

(しみてもいいかい?)

知ってる、懐かしい声がする。知ってる、ぼくは、これの、名前以外はぜんぶ知ってる。

(いいよ。しみこんでいいよ)

目視を怠り、ぼくは答える。どうせ何も見えないのなら。命しかない夜に、きれいごとの覚悟を放り投げて。