楽園を見たことのないぼくはちいさな庭をつくって花を植えた。偽物には迷いがないから。
傾けたじょうろでうまく虹をつくれなくて何度もやり直しているうちに川ができた。
川はどんどん大きくなって海になった。経路を阻まれた蟻たちへはあとで角砂糖を渡そうと思う。それで許してくれるか分からないけど。
タンブラーのレモネードが氷を崩してハッと我にかえる。
そうか、楽園に行かなかったのは、ぼくだ。行けなかったわけじゃない。そしてぼくだけじゃない。行かなかった人は、きっとぼくだけじゃない。
だから世界じゅうに庭があって、種がある。花の咲くところを見たくて、じょうろが発明された。
(なんて、都合のいい解釈)。
忘れていた呼吸をするため空を仰いだ。誰の権利も及ばない青がおそらくきみの上にも続いている。これ以上はない。これ以上の感情は、ほとんど飽食だ。
だけどお腹はぐうと鳴って、リズミカルな電子音がパンの焼き上がりを伝える。
サンダルを脱いで部屋に上がろうとしたら玄関から呼び鈴がした。
少々迷ったのち、ほかほかのパンに軍配。
玄関の扉の前で待たされたきみは、機嫌をそこねるでもなく、降ってくる花びらを手のひらにのせる遊びをしていた。
ガラス越しにずっと見ていたかったけど、じかに目が合ったらもっと幸せになれるだろうな。
確信するほかなくて扉を開けた。
想像してなかった。こんな日が来ることを。いや、嘘、想像なら何度もした。ほんとうになるとは到底思えなかったから。
瞬間、どんなに素敵な庭にだって足りなかった色彩がくわわって、いま、ぼくに足りないものはなくなる。
立ち尽くすふくらはぎに黒猫が背中をこすりつける。
ありがとう、だけどもう遅い、さいしょの海がこぼれてしまった、こぼれてしまった。
ああ、かわいそうに、楽園帰りのきみは久しぶりに再会した相棒の泣き顔を目の当たりにするんだ。
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15年前に書いたこの話の2人が再会したらこんな感じと思いながら。15年前て!
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