No.684

人を救えなくても、世界を変えられなくても、おいしいものを食べたい。だれかが困っていても、ひとが飛び降りていても、ほかほかの焼きたてパンを食べたい。入り江からどんどん遠ざかっていく背中を横目に、加速するアクセル音をききながら、フルーツジュレにスプーンを突き立てたい。金属バットの鈍い音、絆創膏もないのに新しい傷をつくるひと。心はずっと透明なままで、ぼくは、泣きもせず微笑みもせず、ただ、おいしいものを食べたい。きみがぼくを見捨てようとして、でもうまくいかなくて、せめて嫌いになろうとして、どうしても好きなまんまで、同情されながら、自己嫌悪にさえ陥りながら、ぼくを奪えず失恋をする。いいね、興奮する。だけど咀嚼音は拍手ではない。きみがひとりで眠る夜、ぼくだけが知るこのきもちが恋や愛じゃないわけじゃないんだ。