桃色の水平線をすべる船。あれが、見えない境界線を行き来するもの。恐れるもののなかった僕たちが、いつも身軽に飛び越えたもの。逃げ切れたと思ったのは錯覚で、うたかたの自由を泳がされていた。僕と君はひとつのりんごを食べていた。半分に毒が注射されていて、もう半分には甘い蜜が入っているんだと聞かされて。本物や偽物にこだわっていた日々は幼い。幼くて、あまりにも幸せだった。失った時に絶望しかけるほどに。朝と夜が厳密には分けられないのと同じで、本物と偽物に境界はない。たしかだと思えることと、そうではないものの違いだけ。それだけ。目の見えない僕と耳の聞こえない君はお互いの手をぎゅっと握った、ひと気のない波打ち際で、白の貝殻みたいなくるぶしを濡らしながら。いま握っているものが僕たちを消したがる存在から生えている手じゃなくて、花畑に秘密基地をつくったお互いの手だと信じて。もう片方の手の指が引き金をひくことは決してないと愚直に信じて。