No.649

伝えたい言葉が尽きたんだ。言葉は君に敗北した。見えないものに宿るもののことを信じるか信じないかで、喧嘩にもなったね。月が膨張するんだよ。ほんの少しね。君が眠ると。月は、いま生きる人といつか死んだ人が曖昧になる空間なのじゃないかな。そう思うんだ。だって、ほら、眠りって死に近いだろう?月はそれを見てるんだ。世界中の眠りを。部屋の壁に飾るたくさんの写真が、時間はいずれなくなることを教えてる。僕らも例外ではない。朝に起きてふと気づくんだ、僕はどうしてこんなところに。とほうもなくて、取り返すすべもなくて、忘れたくて呪うよ。逆効果なのに。あの日、花に隠した本音。受け取って土に埋めた魂。悪くないと言い聞かせてここまで来たんだ。潔癖のまま、おとなになることを選んだんだ。だから言葉は尽きたんだ。言葉は尽きて今ここにないけれど、君に会いたい気持ちは消えない。耳をふさぐとたちまち満月の割れる音がする。耳をふさいだことを後悔させるために。おそれるな。目を開くと花吹雪の夜だ。カレンダーを振り返って「今年も」とつぶやく。今年も君を忘れられなかった。僕がてくてく帰った部屋で、君は花の夢を見ている。心許ない月明かりの下で、永遠に舞い散る花をきっと見ている。