No.645

また風が吹くんですね。花を散らす風が吹くんだ。砂が舞い上がるのは嫌いだ、だけどあなたの姿を浮かび上がらせてくれることがある。

ぼくはベッドの上にいながら世界中を旅した。凍りついた町、色とりどりの港、潮の香りがする通り、そこかしこにこぼれ落ちた悲しみを、拾い集めて歩いたんだ。

そんなこと、やめたら。あなたは言う。そんなこと、しないでいたら。あなたは言うが、変わらない。あなたがぼくにしていること、決まった時刻にこの部屋を訪れ、ひとつのりんごを剥いてくれることと、本質は変わらないんだ。

ぼくはたまに寝たふりをする。それくらいしか驚かせる方法がないから。朝が来ればあなたが訪れるという、この部屋は、世界中どこを探しても一番の部屋だよ。

どんな景色を見たって、美味しいものを味わったって、すべてはここへ帰るため。ただいまって言うためのさよならなんだ。

だから今回のもきっとそう。ぼくはしばらく目覚めないけれど、またここへ帰ってくるよ。あなたは気づかないかも知れないけれど。

風を吹かせて花を散らそう。立ち止まりたがる時間を、次の季節へ連れて行こう。

あなたはたくさん泣くだろう。曇りが晴れて世界が見えたら、どこまでも歩けるあなたになるだろう。ぼくが旅したかったこの星の上を、どこまでも歩けるあなたになるだろう。