No.642

書いては消して書いては消して。この世でもっともちいさな殺しは推敲である。生き別れた剥製が、臆病によってまた解き放たれる。嫌われるのが怖かった。好かれてもいないのに。傷つけるのが怖かった。深く刺さる爪もないのに。何もなびかせず、誰の視界や人生も邪魔することなく、死にもせずに生きていきたかった。たくさん恥をかいた日には棺桶で眠った。生花をたくさん敷き詰めて。干し草にしなかったのは、数少ないわがまま。すべては禁じられており笑っていい一日なんかないんだ。気づかれずに消えたい。霧は狡い。明るくなって目をあけて、いっそ自分以外の手が伸びてくるのを待ってる。瞼なのか、首なのか。手と手であるのか、引っ込められるのか。待ってる、蕾がすべて咲く前に。奇跡はぼくが起こすんだ。言い聞かせるばかりで、予感ひとつに託してる。消しては生んで、消しては生んで。

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