No.630

生きていてもいいんだと、面と向かって言うのはあまりに傲慢だから、生きてきてよかったと、せめて感じさせたくて恋がある。ぼくにはずっとわかっていたし、なんなら見えてもいた。あなたの目に映るものがきれいで、どれだけいっても果てがなくて、名前もなくて、だから呼ばれもしなくて、だけど、だから、そこにちゃんとあるってことを。ぼくが摘んで空き瓶に挿しておいた、花に最初にふれた指があなたのものでよかった。あなたが初めて謎を覚えて、あの柔らかさはどんなだろうと純粋に駆り立てられて、手をのばした先にあるものがぼくの選んだ花でよかった。伝えたいことが、あればあるほどまわりくどいが、あなたのための、寄り道なら楽しい。初めてきこえたハミングが青空の手前で割れてしまって、曇天に吸い込まれてしまわぬように、この恋があるよ。はやく、はやく、鈍感なあなたにも落っこちてほしい。

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