no.88

手っ取り早く受け入れてくれそうなところを見つけて手っ取り早くそこへ甘えに行く。自分がしたら嫌悪感で押しつぶされそうになるはずのそんな行為でもきみがしているとかえって気分がいいくらいだ。どこにでも売っているからって誰にでも手に入るものではないんだね。ぼくたちは主語を欠いた会話を好む。優しいから。ルールといったらそれくらい。ひとりひとりが約束を破って勝手に幸せになってったんだ。自分の失敗を他人事のように話して感触を確かめる。目隠しして舌触りを確かめるみたいに。丹念に。重なっても重なっても潤わないことを、捨てても捨ててもまだ余ることと同じくらい幸福だと考えた朝があった。夜があった。ジュースは手の窪みから溢れ、書き取る暇もないほどいろんな光が乱舞して。意味の与えられないものを愛することが成熟の証なんだと、衒いもなく表明した朝があった。夜があった。傍のひとは明るい眼差しで頷いた。変わらないことを望んだから、変わらなかったね。進まないことを望んだから、進まなかったね。すべてが思い通りになる世界で、結晶を編み続けた。吐いて捨てながら。嘘を抱え、秘密を安売りしながら。きみは羨ましいと言う。ぼくの何を知って。きっと、何かを知って。きみにはぼくが何かを持ったふうに見えるんだろうな。ぼくから見たすべてのものが、ことが、ひとが、きみが、そうであるように。色が尽きない。曇ったレンズの奥で星座を再構築する。他愛ない無知のひそかな特権として。愚かに。明日にも病まないために。忘れないために。意識をそらすんだ。誰にも、死んだって頷かれたくない。