【小説】『箱と毒』

1つ前の話のちょっと前の話。気まぐれに続いた。けど、これ以降は続かない。独占欲強め病み美形人気者→自己評価低め庶民派無自覚地味メン。性癖です。BL風味?展開(といえるかな微妙?)。

額に書いてあったらいいのにな。自分とその子がうまくいく確率が。そうしたら誰も間違わないだろ。おれを好きになる女の子みんなかわいくてかわいそうだよ。だっておれはその子たちを絶対好きになんないから。だから、分かればいいのになって思う。そしたら誰も傷つかないし、誰も傷つかない世界を望んでる自分なんてものに罪悪感を覚えることもないだろうに。不可能性の高さで恋愛対象に選んでるなんて思われたくない。おれの好きな子は絶対におれを好きになることはなくて、でもそれが分かるからおれはその子を好きなんじゃない。できることなら好きになって欲しいと思う、でも、そうなったらそうなったで手を取り合ってさあ、次はどこに行く?って光景も想像できなくて、それはまだおれが臆病で自尊心を大事に持ってるってことの証明になるのかな。

みんなと一人ずつ愛し合えたらって思う。ほら、体育祭のフォークダンスみたいに。一人ずつね、平等にね、音楽が鳴り止むまで。

好きです。ずっと、好きでした。って、そう言われておれがどんな気持ちになると思う?腹が立って仕方がないんだ。だって気持ちを伝えたんだろう。おれはできないのに。おれには、できないのに。だから返事はそっけない。ありがとうとも言わない。ごめんねとも言わない。ただ、ふうん、って言う。だって、他に言いようがないから。おまえたち、ほんとずるいよ。好きな相手に好きだって言って、これだけ好きだったって言って、時々黒目をうるうるってさせる、そういうの、ほんとずるい。おれがどんなにひどい言葉を投げつけてふったって事情を知ってる友達が慰めてくれて時間がかかっても次の相手を好きになれるんだろ?切羽詰まってないんだ。にこにこ笑ってる顔に肉片ぶん投げてやりてえとか全部秘密にしたいからありったけの目を潰してやりてえとか錯乱する夜はあった?せいぜい裸とか制服以外の格好とか体温とか想像して勝手に幸せになれたんだろ。

内面がどれだけどろどろでもすべて封印してにこってできるのが小さい頃からのおれの数少ない得意技であって、でも汎用性があるからすごく多くのひとが錯覚してくれるんだ。おれがほんとはどろどろだって最初に気づいたのがシバだった。

「なんか、おまえに、殺されそうな気がする」。

さいしょ、シバちゃん、おれにそう言った。まだ会話らしい会話もしてないのに。目が合っただけなのに。なんで?なんでなんでなんで?正直焦った。なんで気づいた?でも、いや、落ち着け。待て。シバちゃんは「おまえに、殺されそう」って言ったんだ。おれの気持ちはちっとも見抜かれちゃいない。ていうか、逆。殺されそうとか言っておきながらシバちゃんはおれと一緒にいてくれることが多かった。シバちゃんの目はいっつもきらきらしてて雨の日の子犬みたいで捨てていきたいような拾いたいような気持ちにさせる。だけどシバちゃんは普段メガネをかけてるから誰もそんなこと知らない。だってシバちゃんはあのクラスでは透明人間だもんね。正直おれにも見えてなかった。おれのまわりには常に、いいにおいのする女の子や、声のおっきい友達がいたから。シバちゃんは無味無臭。いじめられてるわけじゃない。だあれも気づいていないだけ。だけどおれが気づいたんだ。おれが気づくってことは周囲がじょじょに意識し始めるってことを意味する。

案の定、教室で、シバちゃんの存在が少しずつ色を帯びていった。女子も男子もシバちゃんをおもしろがりはじめた。「シバくん、いつも何読んでるの?」「シバ、サッカーする?あ、やんねえの」「バイト先に遊びに来てよ」「シバ、宿題見せて」「シバって、どこに住んでんの?」たしかに、色を、帯びていった。「あ。なんか、シバの目って、なんかきらきらしてんなあ」。

やばい限界むり。

教室が静まり返っていた。一瞬何事かと思ったけど、どうやら俺の行動に起因する静寂だったらしい。「びっくりした、おまえいきなり椅子蹴るから。びびったんすけど?」。一緒にいることの多い男子の一人がそう教えてくれなければ、おれは自分のしたことさえ思い出せなかった。

翌日からおれは明確な意図を持ってクラスで立ち回った。高校入学依頼始めてあれほどやりがいのある「目標」を見つけた。ほどなくしてシバは学校に来なくなった。いや、来られなくなった。おれがそうなるように仕向けたんだ。

「あいつ、小動物を解剖するの、趣味なんだって」。

それだけ。ほんとそれだけなんだ。

シバが学校へ来なくなって数日経った放課後、おれはシバの家の玄関前に立っていた。表札を眺めながら立ち尽くしていると、シバの母親が買い物から帰ってきて家へ招き入れてくれた。シバと違っておしゃべり好きで、よく笑う人で、なんだか申し訳なかった。

「あの子にこんなかっこいいお友達がいたなんてねえ」
「……あの、シバくんって友達いますか」

言ってから、しまった、と思った。
だけど、シバの母親は明るい人だった。

「小学校低学年くらいまでは調子良かったんだけどねえ。……あ、あの子には内緒ね」

内緒も何もねーだろ。ってくらいの声量だった。

「シバ、入るよ」

まさかこんな展開に。ってくらい、予想はしていなかった。郵便受けに宿題プリント突っ込んだら帰るつもりだったのに、こんなところまで。
シバの母親に後押しされるような格好でおれはシバの部屋に入った。

数日。たった、数日か。ほんとに?数週間でも、数年間でもなくて?本当に?

シバの姿が目に入った瞬間、大袈裟でなくおれは泣きそうになった。ごめん、って、一言漏れる。贖罪にもならないのに。だけどシバは意味を取り違えて「……あー、いいよ。だいじょぶ。本読んでただけだし」。

「ごめんな、母ちゃんがはしゃいでたろ」
「あ、いや。歓迎してもらって、嬉しかった。てか、すごい明るい人だな」
「うん、面食いだから」

ん。てことはシバはおれをイケメンだと思ってくれてるのか?単純なことに気分が高揚した。

「シバ、学校来ないの?」
「なんか行きづらくなって。何がってわけじゃないんだけどな」
「そっか。無理するなよ」
「うん」
「勉強とか、おれが、教えるし」
「え。マジ。助かる」
「シバが迷惑じゃねーなら」
「いや、おまえこそおれの家なんか来てて大丈夫?ハブられたりとか」
「気にしない」
「あー、でもありがたいけど、行けたら行くようにする、学校」
「ゆっくりでいいと思う」

この事態を招いた張本人を前にシバは無防備だった。そしておれも無防備だった。すらすらと善意の言葉が出てきた。そのうち、シバがこうなったのはおれのせいじゃない。と確信できるまでに至った。だって、あいつらがおれなんかに乗せられるのが悪いんだ。自分の意志もなく、おれが言ったことに同調して。どうしてシバを信じてやらないんだ。シバが、おれの言ったような残酷なこと、するわけない、だろ。それくらい、わかれよ。

「てか、シバ、家ではメガネしないんだ」
「あー、うん。あれ伊達。自分の世界に没頭しやすいから」
「なんかわかる」
「え、そう?おまえには理解できないはずだけどな」

自分の言葉にシバは、へらっと笑った。

あの日教室で椅子を蹴った時より強い衝動が自分を襲った、と思った。あの日と違うのは、自覚があったこと。そして、それを、自制できたこと。

「おれ、シバが好き」
「そう?ありがと」
「ほんと好き」
「え?なにそれ。感性おかしいの?」

こんな話を聞いたことがある。実話か小説か。本で読んだのか、ネットで見かけたのか。
病弱な妻を看病する夫は、妻の食事に毎回少量の毒を混ぜる。愛する妻が、決して回復しないように。それでいて死なないように、ただ弱らせて、家に留めるんだ。
この話はどんな結末だったろう。それとも、この話自体が、おれの、空想かな。

「ゆっくりでいい。ほんと、無理だけはするなよ」
「べつに、病人じゃあるまいし」
「そっか、そうだよな」
「そうだよ。おまえがおれなんかに過保護になんの、なんかもったいねえよ」

ここでシバを押し倒してみる?いやいや、絶対にありあえない。今このタイミングで、もっともしてはいけない行為だ。おれはふと、これまで自分に告白してきた女の子たちの顔つきや表情を思い出す。不安そうだった。思いつめていた。それでいて、ようやく感情を発露できて、恍惚としていた。のろい、かもしれない。少し、そう思う。誰に対しても、共感を示さず、冷徹に、振り払ってきた報いだって。でも仕方がないよな。同情で回答するものでもないし。ほら、平等なフォークダンスだよ。言っただろう?おれの前にシバが来たんだ。それだけだ。音楽が続くうちはローテーションが止まらないなら、おれは停止ボタンを押してやる。そして二度と音楽が流れないよう、致死量未満の毒を、少しずつ少しずつ、逆光でいっぱいのこの部屋に住むこの体に流し込んでく。

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