【小説】『平成のシバちゃん』

夜空に大輪の花が咲く。
無数に、あたかも無数であるみたいに。
燃え尽きなかった火の粉が空からパラパラ降ってきて木とか建物が燃え上がってそのうち大火事になって世界まるごと燃え尽きちゃわないかなって妄想が頭をぐるぐるする。

「シバちゃんと見られて良かったよ、今宵、平成最後の打ち上げ花火を」

どうせ聞こえないだろうと思って呟いたのに「そうか?」なんて情緒のない返答がある。言ったこっちが恥ずかしくなって「つまんなかった?」。

「べつにつまんなくはないけど」
「けど?」
「なんかしっくりこないなと思って」
「どういう意味?」

だってさ、とシバはおれに向き直って言う。教鞭のように突き出されたじゃがりこをぽりぽり食い始めると一瞬だけ嫌な顔をされたけど取り上げられることはなかった。

「だってさ、おまえは彼女と別れて仕方なくここにいるんじゃん?」
「そうだっけ」
「そうだったろうが」

ぺちっ。シバちゃんがおれの頭を叩くためには少し背伸びしないといけない。律儀に頭を叩いてくるのだから可愛い。

「おれは最初からシバちゃんとここに来たかった気がするんだけどなあ」

褒められることは数多あれど貶されることはほとんどないスマイルを浮かべると「都合のいいやつ」「二枚舌め」「たらしが」などと散々中傷された挙げ句「ま、いいけどよ」。許してもらえた。

今年ももう終わるね。
いや気が早いし。
夏が終わると一気に坂を駆け下りてくようだったじゃん?毎年?
おまえの時間感覚なんて知らねえけど。
もう年の瀬か。
うーん、頷きかねる。

舌の上ではじける炭酸みたくパチパチ瞬いてた花火を人差し指と親指の間につかまえてプチッと潰したちょうどその時、ふっと世界中から光と音が消えた。ふたり以外の。

「99.9%」。

おれの言葉に、シバは「何が?」とこちらを振り仰いだ。

「おれとシバちゃんがうまくいく確率」。

シバは心底不可解そうに視線をさまよわせた。何言ってんだこいつ?って顔に書いてある。子犬みたいに黒い目がきらきら光ってる。光なんてないのに。きらきらって。
ああ、いいな。
見上げてくるシバちゃんの目にも、シバちゃんを見下ろすおれの目が、少しでもきらきらって光って映っていればいいな。
シバちゃんは見たことないんだろうな。シバちゃん自身の目が、こんなふうにきらきらって輝くところを。
シバちゃんも知らないのに、おれだけが知っている。おれだけが許されている。おれだけが、おれだけが。なんて贅沢。なんて至福。なんて恩寵。なんて、なんて。

「シバちゃん、あいわらず鈍いんだから」
「悪かったな」
「それとも、わざと?」
「何がだよ」
「な、わけないか」
「いやだから何がだよ?」

クライマックスは絶好のチャンスだって、子供の頃、いとこの兄ちゃんに聞いたことがあるんだ。もう地元にいないけど。みんなが空ばっか見てるだろ。だから、絶好のチャンスなんだよ、って。

「ねえ、シバちゃん。来年も一緒に見ようね」
「どうだろ。それはお前次第だな」
「じゃあ100%だ」

忘れかけてた音が始まる。
空は防弾ガラスのように強固だ。
でも、たまに、不安になる。
思いがけず割れて宇宙の外側がどろっとこちらの世界へこぼれてきてしまったら?
しかも、一瞬のことじゃなくて。
時速5キロの速さで、のろのろのろのろと。むこうの世界が流れ込んできたら?
術はないのに時間が中途半端に与えられて。
その時おれは何ができるんだろう。その時おれは何を救えるんだろう。
少なくとも、せめて、できることなら、シバちゃんに軽蔑されたくないな。
できるんだろうか。
わからない。
でもそれって考えても仕方がないから、1秒でも多くシバちゃんを構う。

「じゃあ100%」。
「いや聞こえてたから。なんで2回言ったの」。
「大事なことだから」。
「わけわかんね。きもちわる」。

だけど、こうまで鈍いシバちゃんも、それはそれで捨てがたいや。

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