ごつごつした木の根がのびてきて、ぼくとぼくの大切なものをばらばらに取り込もうとする。だめである理由を正確に伝えないとここから逃げられないのに、まちがうことが怖くて伝えられなくて、貴重な時間はどんどん過ぎてく。
ゲーム・オーバー。
救いのない現実を、どこか美しいものであるように、とらえようとした、ぼくたちへの罰だ。きっとどんな意思も介在していないんだけど。
服を脱いだマネキンの森を、きみとぼくとは疾走してきた。疲れも感じず。ふたりだからどこまでも行けるんだと思った。大量生産されたマネキンの中に、よく知った顔を見かけた気がした。だけどすぐに流れ去った。森を抜けた。
辿り着いた先には何もなかった。途中で思い出を落としてしまったんだ。戻ろうか、いや、過去は危険だ。ここにいたらいいよ。ここがいちばん安全だよ。そう言い聞かせながら、ぼくを寝かしつけたあと、きみはひとりマネキンの群れに帰る。明日のぼくが駆け抜けるための森を大きくするために。やがてぼくもとらわれてしまうんだろうか。いや、そんな日は来ないように思う。確信はないけれど。もし最初から取り込まれることが決まっていれば、こんなにひどい気分で目覚める朝をいくつも用意しないはずだから。
おはよう。
自分が誰かを確認するためだけに発声する。雨の降らない荒野で喉は掠れている。ああ、ほら、まただ。また、この、スタート地点。投げ出された自分の手の先を見る。きみが、いる。まだ眠りの中。あっちを向いていた顔がこっちへ向けられる。予感はあった。
まるで、鏡を見ているようだ。
「おはよ、ぼく」。今度は、きみを起こすために発声する。今日こそきみを連れ出してやる。これが何百回、何千回目でも、ぼくは決意して起き上がる。