no.439

眠るきみをみている。きみは夢をみている。あのひとの名前を呼んでいる。苦しそうに呼んでいる。また繰り返しているのか。ぼくはうんざりする。きみがあまりにぼくに似ていて。物音を立てて気づかせてやることがやさしさだというんなら、ぼくは死ぬまでやさしくなれない。きみが過去にとらわれていることを嬉しいと思ってしまったから。救われないで。覚えておくんだ。ぼくはやさしくないけれど、きみだってそうだったことを。忘れないでおくんだ。目が覚めたらレモンタルトをあげる。飲めばなくなる紅茶と、時間がたてば消える夕陽をあげる。同じ罪を背負おう。同じ夢を見ることができないかわりに。コーヒーカップのふちが刃物でないことを祈ろう。猫の瞳が水槽越しに膨張する。あれにいつも見張られている。しあわせなんか口にするだけで手に入るもの。もう、二度と、そんな味気ないものに、憧れないでくれ。きみが悩むとき。きみが悔いるとき。ぼくはきみをもっとも人間だと思う。瞳孔がひらいたり狭まったり。ぼくを蔑むきみを正解だと感じる。百合の花がテーブルに落ちる。陰がなくなったら、ぼくはもう目もあてられない。