雑記ふたつめ。
合わないだけかもしれない。またすごく抽象的な話し方になるんだけど(意図的)、いまそれをやったら他人から「なあに、それえ?」みたいな目で見られたり、なんなら「なあに、それえ?」って口に出して言われたとしても、やめる必要はまったくないってことですね。なぜなら新しいものはつねに最初は「なあに、それえ?」だから。そんな対応されたら「おっ」と思っていいんだよ。しゅん、ってならずに。「いま新しいことしてる」くらいに感じればいいんだと思う。だいたいは井の中の蛙でもうすでに誰かがやってたりするんだけど。それでも。
時代や環境や人間関係が変わるだけで世界がガラッと変わるなんてあたりまえだし珍しくもない。ひとつの場所で「うん無理!」ってなったら移動しちゃいなよ。だって、そういうのってぜんぶガチャですから。ガチャってガチャガチャのことね。ガチャポン?地域によって言い方違うのかな。わからんけども。
だってさわたし今でこそペーパードライバー卒業してて運転たのしい、くらいになってるんだけど、それでもいまだにおかしいと思うよ。
人間なんかがなんであんなあぶないもの運転して許されるわけ?
そりゃ死亡事故も起きますよって話でしょう。どれだけ自動車がすぐれていても、それを操縦するのが、感情があって、その日の気分でムラがあって、イライラすればせかせかする、くよくよしてれば視野狭窄になるっていう操縦主として未熟な、あまりに未熟な生き物が、人を死に至らしめる機械を公道で操作する?
わかりませんね。
◯年後…
「おばあちゃま、むかしはにんげんがクルマを運転してたって話ほんとう?」
「ああ。そうだよ」
「やだー、こわーい、なんでそんな時代があったの?自動運転技術があるのに」
「昔はね、自動運転技術なんてなかったんだよ。今と違って人間が運転していたから追突事故や人身事故もあったし、ひどい時はひともなくなったんだよ」
「きゃー!」
「しかも、自動運転技術が怖いとさえ言われていたんだ」
「なぜなの?ねえ、おばあちゃま。その時代の人たちは考え方が傲慢だったの?人間のほうが機械より有能であると認識されていらっしゃったの?」
「そういうことになるかねえ」
「人間なんて、暗くなったら目が見えなくなるくせに?自動運転技術ならビジュアルに頼らず、視界の悪い道路でもなんら問題はないというのに?」
「そうだねえ」
「どうかしてるわ、おばあちゃま」
「そうだねえ」
「ねえ、おばあちゃま」
「そうだねえ」
「おばあちゃまったら」
「そ、う、だね…」
「ママー。おばあちゃまロイドが壊れちゃったみたい。新しいの買ってー」
てな未来もありでしょう。
設定とかオチが意味不明だけど。
私達が、ほんの数十年前の日本をふりかえって「奇妙だ」「間違っている」と感じる出来事に対するように、未来に生きる人々は私達を「奇妙だ」「間違っている」「理解できない」と評するだろう。
どんなだろうなあ、未来は…。
いや、おめでたいことに、きみたちだって騙されているのかもしれないぞ。
実はわたしは今年100歳を迎える老人で、数年後に発売スタートされるおばあちゃまロイドの試作品のひとつ…なの…かもしれ…なひ。
プツッ