ぼくを知らなかった頃のきみが好き。新しいマフラーを巻きながらきみは言う。紺と緑のチェックの。鏡越しに目が合うと笑みさえ浮かべて。ぼくを見つけないままだったかもしれないきみの危うさが好きだったと。きみがぼくを好きでなければよかったのにと。そうしたらもっと好きだったのに。かわいそうなまんまだったら、もっとかわいかったな。そう。それなんだ。頷く。なんだ、おんなじだったんだ。うん。うまくいかないんだね、誰にとっての、何事も。うん。鏡を越えて手は繋げないんだよ。知ってる。うん、知ってるよね。ぼくたちというふたりは、言葉にならないことのもどかしさも、言葉にしてしまうことの無意味も、知ってる。知りながら、笑いあうことができる。これ以上に何が。