僕はもう飛び方を忘れたよ。君は覚えているんだね。はやく捨てちゃえよって言ったら軽蔑されるかな。それとも、そうだよねって苦笑いしてくれるかな。そうだよ。恥ずかしいことだよ。光が自分を駄目にしてしまうって考えることはない?僕は平気な顔で手紙を書いたりするんだけど、例えば今隣に座ったなんの罪もない女の子とかに夜明け前に襲いかかってくるすべての記憶を譲ってあげたくなる。穏やかで一見平凡なお昼にそれは訪れるよ。後から後からやって来て僕を追い越して行くんだ。柔らかに見えた手でも首を絞められたら苦しいんだよ。問題はたぶん首を絞められたことじゃなくて、だってそんなの絞めてる方にしか理由はわかんないんだから、もしかするとそっちだってわかってないのかもしれないんだけど、たしかなのは僕が悲嘆にくれない性格をしているからだ。涙も流せない無能だからだ。たまにね、思う。手とか要らないって。要らなかったのになって。あったものがなくなるのと、最初からないのとでは、最初からないほうがきっと良いよね。あってなくなったものって結局いつまでもあるんだから。一度覚えてしまったらなかなか消せないものだよ。いや、そうであるほうがいいんだよ。例えば僕はさっき飛び方を忘れたと書いたけどそれは嘘だ。ちゃんと覚えてる。忘れられない。ただ、嘘をつかなくてもいい君を責めてみたかっただけ。少しだけ。無駄でも。みんな平然として見えるんだ。僕よりはるかに。だからこそもっとも残酷だと思ったんだ。ひとりよがりであっても。夕暮れが美しい時間帯だって知ってるよ。君のつくるチョコレートマフィンが、たまに食べたくなるくらいおいしいってことも。まだ気づかないんだね。まだ分からないんだね。君は僕に優しい世界を見せてくれる。祈りだ。光だ。同時に僕の暗闇の部分を突き付けてくる。悪意無くして。僕が怒って見えるんだとしたら眩しいからだと思う。もし消せる弱さがあるんだとしたら、君を直視できない自分自身を認められない弱さを消して欲しいな。うっかり僕の本体は消さないようにして。一日だけあたたかく見えた常盤線が好きだよ。きっと自分の生きている場所だって同じふうになり得たよね。その証拠に旅行者は言うじゃないか。この土地はあたたかいって。それが誰か一人にだけそうじゃないって、わけないじゃないか。終わらないね。この手紙も、手紙を書いている僕も、今ここにいないのかも知れない。迷いを生じさせているものをやめさせて。君が幸せであっても、そうじゃなくても、耐えられないほど胸が痛む。馬鹿だな。卑怯だな。締めくくりは常に蛇足でしかない。輝いたままで普通に呼吸したかった。