no.360

これくらいしないと愛にならないんだろ、きみの場合。
抱き合うとひとりでいるみたいな錯覚に陥るね、悪くない。
心地よさは不安とつながっていて、吐く息の白さは昔の亡霊に似ていて。
系譜の一つとして埋もれていくことからなる匿名性、は必ずしもぼくたちを救わない。
どんな台詞よりもいま頭上にひろがっているグラデーションのほうが有益だったとしても顧みない。
みんなみんな卒業していったけど、どの名前を聞いても羨ましくならない。
まだ離れたくないのは凍えてしまうからじゃない。
抱きしめたものの正体を知りたくなかったんだ。
それはぼくかもしれないから、きみにとってはきみかもしれないから。
歳を取るくらいなんてことないさ、永遠が姿を変えただけのこと。
孵化しなかったさなぎに似た感触がする、生まれなかった手のひらの。
涙なんかこぼさなくていいよ、ぼくたちは最初からひとりだった。
照らさなくたっていいよ、きみの光があるからぼくは安心して眠ることができる。

世界は安心して幕を閉じる。