no.336

誰にも負けないくらい好きなものなんてない。その気持ちで負けないくらいのことなんてない。だから始まらないんだと思ってた。だけどそれは始めないことの言い訳だった。ぼくには欠けているものがない。羨む他人さえいる。べつに不自由はない。不便もない。きみは嘘が下手だ。少なくともぼくにとってはわかりやすい。だから本心は見えているのに、ぼくのすべてを使っても暴けないなんて。でも手品師になれない。何より誤解をされたくない。逆に暴かれて拒絶もされたくない。今まで欠けているものはないと思ってた。それはそれで間違いではない。でもきっと気づくものなんだ。何が足りなかったか。何が欠けていたのか。気づかないままなら幸せだったと思う、まさか。そんなことはない。だけどこの状況を怖いとも思う。ぼくは助けの求めたかたを知らなかった。どうしていつも悲しい顔をしているの。きみがぼくに声をかける。もったいないよ。せっかくきれいなのに。初めて自分を汚いと思った。初めて自分を醜いと思った。何もないと。何も持っていなかったと。夕陽がきみの眼の中でとろけている。この恋の結末がどうであれ、その光は永遠にぼくに味方する。