【小説】かつて星屑だったもの

汽車はずっと走っているのに、夜ってこんなに長いんだ。
「まるで誰かさんの言い訳みたいだな」。
そう呟いたら狸寝入りから飛び起きて「いえいえ、そんなことありませんよ」ってむきになる。
でも昨日のおまえは?
という質問には咄嗟に言い返せず詰まったあとで改まり「あれはですね、仕事」「ふーん?」「仕事の一環。そう、演技なの」「へーえ?」「そう、だってそれが仕事だから!つくりもの。まがいもの。ね、私情は一切はさんでません。ね、分かりますよね?分かってて言ってんですよね?」、こっちが黙ってるとおまえはどんどん早口になってしまいには泣きそうになるから大の男がやめとけよって慰めてやる。
おまえを選ぶ奴なんていくらでもいるだろうにどうしてこんな意地悪な年上なんかに惚れるかなあ、我が恋人ながら残念だ。もったいない。
「もったいないなんて言わないでください、おれのほうが、おれのほうが、ありきたりの人間なんですから」。
そう言っておまえは座席のリクライニングシートがきしむぐらい全身でのしかかってくるから一発殴ってやった。
小さく息をついてもう一度窓の外を見れば、さっきまでふたりがいた街が光の数珠になって、ぼくたちが捨ててきたものの多さを考えさせる。考えられないからしばらく目を閉じた。だけど光は追いかけてきて、顔ごと背けた。そしたらたぶん良いように解釈したおまえがへにゃへにゃとだらしなく笑った。
(こいつ、ほんと、ばかなんだなあ。)
ある程度の距離まで走ったらおまえを駅に置いて別れるつもりだったけど突如としてぼくの心理を読み取る能力を身につけたおまえに感づかれて阻止された。
今は手首に冷たい手錠。
もう片方はおまえの手首。
鍵はおまえの内ポケットの中。
用意周到にもほどがある。
本当はもっと別の使い方を予定してたんですけどねえ、って悔しがる変態。そんなのおまえ次第だろうが。囁けば耳朶まで真っ赤になって大声で返事をする。
なあ、終わりの気配を感じているのはぼくだけなんだろうか。さんざん馬鹿をやって眠った男に質問を浴びせていると涙が出てきて、またも狸寝入りのおまえに気づかれる。ただし今度は目を開けないまま、ぼくの頬の濡れた部分を正確になぞるから、もう何も怖くなくなってしまう、本当、だめな大人。ほんと、だめな、逃避行。
ぼくたちは光の鎖を断ち切って、無名になれる居場所を求めている。
だけど思うんだ、居場所なんか他所では見つからない、今いる場所がそうなんだから。思うんだ。おまえがいれば、そこが居場所なんだ。少なくともぼくにとってはそうだ。
光の尾を引く願いにも似た祈りにも似た思いが気づかれないよう息をひそめる。
いつだって大げさな男はこんな時だけは何も言ってくれない。
ぼくはこうして人間になっていく。